江戸時代の指名手配は「人相書」で!手配写真の始まりなど知られざる被疑者捜索の歴史 (2/3ページ)

Japaaan

神戸新聞サイトより引用)

見つけたらお代官様へ…江戸時代の指名手配書「人相書」がお寺の襖から発見される

司法制度を整えた江藤新平の逮捕のきっかけは……

明治維新に特に優れた尽力者である「維新十傑」のひとり、江藤新平。彼は裁判所や検察の設置など、近代日本の司法制度を整えた人物です。

さまざまな近代化を行いましたが、そのなかでも江戸時代に用いられていた「人相書」を「手配写真」に変更したことでした。逃亡してもすぐに捕まえられるよう、あらかじめ写真を撮っておくというものでしたが、これが彼に皮肉な結果を生みました。

というのも、江藤は征韓論をめぐり政府と対立し、地元佐賀に下野します。そこで不平士族たちに押し切られ、1874(明治7)年「佐賀の乱」に発展。すぐに江藤らは敗れてしまいます。

その後逃亡を図りましたが、皮肉にも彼が整備した「手配写真制度」によって逮捕されたのです。

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