異類異形の怪物どもが…鎌倉幕府滅亡は、呪術に手を染めた後醍醐天皇の呪いによるもの!? (2/3ページ)

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後醍醐天皇は、後宇多天皇の次男として誕生。1381(文保2)年に天皇として即位しました。彼は国の政治は、天皇自ら行うのが本来の姿だという強い信念をもっていました。

当時の後醍醐天皇にとって悲願は、鎌倉幕府を倒し、新しい国を造ること。そこで、二度も倒幕を計画するも、その都度陰謀が明るみに出てしまい失敗してしまいます。

ついに1332(元弘2)年、隠岐に流されることになってしまいます。

ところが、減刑になっても後醍醐天皇の信念は揺るぎませんでした。隠岐にいて何も出来ない状況の中、彼は次第に真言立川流に傾倒していきます。

この立川流は、「究極の悟りは男女の交合をもって可能にする」という,今の価値観で考えてもちょっとヤバい流派。本来仏教では好色を罪とされているのに対し、それを禁じるどころか推奨していたため、真言宗の総本山である高野山からは邪教とされ危険視されていました。

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