首級を挙げる活躍!戦国時代に存在したイタリア人の武士「ロルテス」こと山科勝成の実在性 (2/3ページ)

Japaaan

大砲を用いた活躍見せる

蒲生氏郷/Wikipediaより

勝成は武器の製作だけでなく戦場でも活躍し、天正12年(1584)に小牧・長久手の戦いの前哨戦だった峯城攻略戦で5番目に首級を挙げました

加えて、同戦いにおける加賀野井城攻略戦では大砲を使って落城に追い込み、逃亡する城兵の首級を挙げる活躍を見せています。

そして、この戦いの7日後には氏郷の家臣と共に武器を買うためにローマへ渡りました。勝成は2年半の時を経て、30丁の火縄銃を携えて帰国。これに満足した氏郷は勝成に500石を加増しました。

再び氏郷の元に戻った勝成は、天正14年(1586)の九州征伐に参加し、豊前国の巌石城攻略戦で大砲を用いて落城に追い込んでいます

また、天正18年(1590)の小田原征伐にも参加し、鉄棍棒を使って小川新左衛門を討ち取る活躍をしました。

難破した末の最後

その後、氏郷は文禄元年(1593)に朝鮮に出兵する軍艦建造のための船大工確保に向けて勝成をヨーロッパに派遣します

しかし、勝成を乗せた船は途中で難破。ベトナムに到着するも、その地の現地人に殺害されました

ちなみに、勝成の最後は『御祐筆日記抄略』に記載がなく、外務省が明治17年(1884)に編纂した『外交志稿』に残っています。

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