父の後を追って病死?性格もよく美男子、藤原道隆の長男・藤原道頼の生涯をたどる【光る君へ】 (2/3ページ)

Japaaan

父の道隆が政権を握ると嫡流は完全に伊周・隆家に移りました。

それでもエリートの家系ゆえに、異母弟たちの後を追う形で順調で出世していきます。

しかし長徳元年(995年)に父が飲水の病(糖尿病による合併症)で世を去ると、その2ヶ月後に疫病(天然痘)を患い、父の後を追うように世を去ります。時に6月11日、享年25歳でした。

絵から抜け出したような美貌の持ち主

そんなパッとしない(周囲の人々からすれば、それでもかなり贅沢な)感じだった藤原道頼の生涯。

しかし平安時代の歴史物語『大鏡』によれば「絵から抜け出したような美貌の持ち主で、兄弟に似ず性格もよく、ジョークやユーモアを解した(意訳)」とか。

また清少納言『枕草子』では「伊周たちより美男子だったが、世間からは醜男扱いされて気の毒だった」と言われています。もしかしたら、伊周たちに対する忖度があったのかも知れませんね。

その美貌と人となりから古典文学『落窪物語(おちくぼ)』に登場するヒロインのお相手役・右近少将道頼(うこんのしょうしょう みちより)のモデルではないかとも言われるそうです。

藤原道頼・基本データ

イメージ

生没:天禄2年(971年)生~長徳元年(995年)6月11日没
改名:大千代⇒藤原道頼
別名:山井大納言(やまのいのだいなごん)
※舅の藤原永頼から山井殿の館を継承したため。

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