「不倫」の代償は死あるのみ!戦国時代の法律で定められていた不倫に対する制裁まとめ
いつぞやのこと、どこぞの芸能人だかが「不倫は文化」なんて世迷いごとを吐いて話題になっていました。
確かに不倫をテーマにした文学・映像作品は多く世に出回っています。その禁忌性が人々の興味を惹きつけ、文化を彩った側面がないでもないでしょう。
しかしそれはあくまでフィクションだから楽しめるもの。現実での不倫は自分や相手の家族を傷つける行為であり、決して許されるものではありません。
自分の家族はキープしながら、ちょっと他の相手もつまみ食いしようなどというこすっ辛い根性が卑怯千万。
本当に好きな相手と思いを通じたいのであれば、今の伴侶や家族とはきっちりけじめをつけるべき。
その覚悟なくして浮気したって、どうせまた次の相手に乗り換えるだけです。
「人間には2種類がいる。一度も裏切らない者と、一生裏切り続ける者だ」
そんな戒めはいつの時代も変わることがなかったようで、戦国時代にも多くの法律で不倫は禁じられました。
果たしてどんな法律があったのか、紹介したいと思います。
室町幕府法では
室町幕府(足利幕府)では不倫について、このような規定を設けていました。
【要約】本夫(不倫された本来の夫)は姦夫(不倫した男)と姦婦(不倫した女)を殺してよい(不問に処す)。
ただし殺す場合は姦夫と姦婦の両方を殺さなければならない。もし姦婦を惜しんで殺さなかった場合、本夫は殺人罪に問われる。
【コメント】姦夫婦を殺してよいとする本夫の権利は、一族が行使してもいいのでしょうか。
また姦婦だけを殺した場合、どうなるかも気になります。
規定はされていないものの、恐らく当局は「(遺恨が生じて後々トラブルになりかねないから)片方だけを殺すな」ということが言いたかったのでしょう。
伊達家「塵芥集」では奥州の雄・伊達家に伝わる塵芥集(じんかいしゅう)では、室町幕府法をベースにプラスアルファが追加されました。
不倫現場に限り、姦夫のみの殺害が認められたのです。
姦婦とは言え世継ぎを生ませることは出来るので、生かしておくことを選べました。
もちろん気に入らなければ、姦婦ともども殺して構いません。
姦夫だけ殺したい本夫は、虎視眈々と不倫現場を狙い続けたことでしょう。
六角氏式目・長宗我部氏掟書では近江国の六角氏や土佐国の長宗我部氏についても独自に分国法を定めていました。
しかし不倫については基本的に室町幕府法と同じで、姦夫婦はどちらも殺さねばなりません。
これらは恐らく片方に逃げられてしまった場合も含むものと考えられます。
「ちゃんと殺そうは思っていたのだが、姦夫に手こずっている間に逃げられてしまった」
なんて言い訳は、誰もが思いつくでしょうから。
板倉氏新式目・吉川氏法度では京都所司代を務めた板倉氏や周防国の吉川氏では、室町幕府法よりも厳しい規定が設けられました。
他の分国法では、姦夫婦の殺害は基本的にいつ・どこでも構いません。
しかしここでは、姦夫婦の殺害が認められるのは不倫現場に限られました。
不倫現場をおさえた上で両方とも殺さなければ、殺人罪に問われてしまうのです。
恐らく殺した後は現場を保存し、当局に検分を願ったのでしょう。
不倫の代償を本夫は、さぞ血眼になって殺害の好機を狙ったことと思われます。
不倫の制裁まとめ
室町幕府法……殺すなら姦夫婦を両方
塵芥集……不倫現場に限り姦夫のみ殺害も可能
六角氏式目……室町幕府法に同じ
長宗我部氏掟書……室町幕府法に同じ
板倉氏新式目……不倫現場で姦夫婦両方を殺す場合に限り合法
吉川氏法度……板倉氏新式目に同じ
今回は室町時代~戦国時代の法令から、不倫の制裁についてまとめました。
やたらと殺せはしないものの、基本的に不倫は「殺されても仕方ない悪事」ととらえられていたのですね。
いざ有事には妻子をおいて戦地へ赴かねばならない武士たちとしては、国許での裏切り行為を罰したい思いもあったのでしょう。
冒頭にも言及した通り、どうしても好きになってしまったのであれば、現在の婚姻関係や家庭にけじめをつけるのが夫婦の義務というもの。
その覚悟なくしていっときの快楽を選んだ者には相応の報いが待っています。
※参考文献:
山口博『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』角川ソフィア文庫、2015年8月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan