遣唐使の廃止と国風文化の発展は関係ない?「894(ハクシ)に戻す遣唐使」は現代の通説ではない【前編】 (2/3ページ)

Japaaan

そして、遣唐使を廃止することについては、かの菅原道真が894(寛平6)年に宇多天皇に建言したことで実現したとされています。

「ハクシ(894)に戻す遣唐使」などという語呂合わせで暗記した方も多いのではないでしょうか。

菅原道真の像

しかし、この時の状況については注意が必要です。もともと宇多天皇が遣唐使の派遣を決めたのは、その時点でなんと56年ぶりのことだったのです。それに菅原道真が異を唱えたわけです。

56年といえば、前回遣唐使が実施された時の宮中の関係者はほぼ死去していると考えてもよいくらいの年数で、ここではすでに半世紀以上、公的機関での唐との交流は途絶えていたのです。

菅原道真が遣唐使の廃止を建言した理由ははっきりしており、書状の中で以下の理由を挙げています。

「唐は内乱状態にあって、しかも唐との交流は途絶えている」
「記録によると航海途上の危険はあったが唐に渡ってからの危険はない、とされているが、現状は唐に入ってからも危険」
「公卿や学者は検討をしてほしい」

実は過去にも、遣唐使の派遣が決定されたものの、中止となったことがありました。894年もそれと同じような状況だったと考えると、これは「廃止」ではなく「中止」だったと考えるべきでしょう。

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