藤原道長の愛娘・彰子いよいよ入内!?国守の理想と現実ほか…大河ドラマ「光る君へ」6月23日放送振り返り
まひろ「不実な女でございますが、それでもよろしいですか?」
宣孝「わしも不実だ」
まひろ「……まことに」
かくしてまひろ(紫式部。吉高由里子)は藤原宣孝(佐々木蔵之介)と結婚、不実同士という点で似合いの夫婦となっていくのでしょうか。
一方の内裏では一条天皇(塩野瑛久)が呼び戻した藤原定子(高畑充希)を溺愛。政務を顧みなくなったツケが左大臣・藤原道長(柄本佑)にのしかかるのでした。
令和6年(2024)の折り返しを過ぎて、人生の転機を迎えたまひろと道長。それぞれどのように変わっていくのでしょうか。
今週もNHK大河ドラマ「光る君へ」第25回放送「決意」の気になるトピックを振り返っていきましょう!
為時「わしは世の中が見えておらぬ」国守の理想と現実
「そりゃ貴方がいくら一人で頑張ってもね、みんながよくしようと思わないと、なかなか難しいモンですよ」
越前和紙の納付を受けて、定額の2,000張よりも多い300張の和紙≒賄賂を還付しようとした藤原為時(岸谷五朗)。
領民に無用の負担をかけまいとする配慮でしたが、職人たちはこれを固く辞退しました。
「わしが目を光らせておくゆえ……」
「四年でお帰りになる国守様には分かりますまいが……」
そうです。良くも悪くも、お役人には任期があります。ここで為時が善政をしいたところで、任期が過ぎればまた新しい国守が、過酷に取立てることでしょう。
国守ごとに一喜一憂するくらいなら、いっそ最初から役得分もまとめて納付した方が、お互いトラブルがなくてマシです。
額を決めておかないと、国守次第でとんでもない額を要求されかねません。
そんなリスクを負うくらいなら、最初から賄賂分も納付すると決めておいた方が、よほど暮らしやすいのです。
目先の減税を打ち出しても、必ず民が喜ぶとは限りません。
領民たちの現実を痛感した為時は、まひろを宣孝の待つ京都へ送り出したのでした。
長徳4年(998年)に発生した災害とは
道長「地震か、疫病か、火事か、日食か、嵐か、はたまた大水か」
安倍晴明「それらすべてにございます」
わざとらしく新年を寿(ことほ)ぐ安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)。実は大凶で、あらゆる災害に見舞われる1年でした。
果たして長徳4年(998年)にどんな災害が起きたのか、見てみましょう。
3月28日 上京(かみぎょう)で大火事。四町が焼亡。
4月10日 神祇官斎院が焼亡。
6~7月 赤斑瘡(あかもがさ。麻疹)が流行して死者多数。
7月 稲目瘡(いなめがさ。赤疱瘡)が流行。
7月1日 一条天皇が疫病退散のため大赦を行う。
7月16日 藤原行成が疫病に感染。一条天皇の周囲に広がる。
閏7月10日 鴨川の水が京都に流れ込んで被害甚大。
8月20日 台風により朝廷の官庁が多数倒壊。
9月1日 大雨により鴨川の一条堤が決壊して大洪水。
冬 米価が高騰し、京都じゅうで火災が頻発。
火事に疫病、嵐に洪水。まさに災害のオンパレードでした。
劇中では割愛されていましたが、藤原行成(渡辺大知)はじめ朝廷でも疫病に感染する者が多く、気が気ではなかったことでしょう。
あまりにも深刻な事態に、一条天皇は翌長徳5年(999年)1月13日に「長保」へと改元したのでした。
道長と倫子の子供たち
仕事で頭を悩ませる道長の癒しは、源倫子(黒木華)との間に生まれた子供たち。
※源明子(滝内公美)との間にも既に子供がいますが、それは又そのうち登場するのでしょう。
田鶴(藤原頼通。小林篤弘)・藤原妍子(原春奈)・せ君(藤原教通。加藤侑大)がそれぞれどんな生涯をたどるのか、ざっくり予習しておきましょう。
田鶴→藤原頼通(よりみち)正暦3年(992)年生~延久6年(1074年)没
道長の嫡男として育てられ、その後継者となりました。
……が、道長の存命中はほぼ傀儡状態であり、人前であっても父から面罵されていたそうです。
道長の死後、その菩提を弔うために宇治殿(宇治の別荘)に平等院を建立したことでも知られていますね。
藤原妍子(けんし/きよこ)正暦5年(994年)生~万寿4年(1027年)没
道長の次女。成長後に居貞親王(のち三条天皇)の妃となります。
父の野望を果たすために送り込まれた妍子が、三条天皇から愛されるはずもありません。
実家の権勢とは裏腹に、幸せとは程遠い結婚生活でした。
せ君→藤原教通(のりみち)長徳2年(996年)生~承保2年(1075年)没
幼名は「せぎみ」です。この「せ」って何なんでしょうね。
道長の五男として誕生し、父や兄の威光で出世しますが、卑屈な態度で人々からは軽蔑されました。
しかし卑屈の甲斐あって、兄の頼通から関白の座を譲り受けることに成功します。
そこまで貫けば、卑屈も一つの信念と言えるのではないでしょうか。
果たしてこの子たちが今後どんな活躍を見せるのか、期待したいですね!
自分の「宝」を出したくない道長。代わりに……
道長「私にどうせよと言うのだ」
晴明「よいものをお持ちではございませぬか。お宝をお使いなされませ」
道長「はっきりと言ってくれねば分からぬ」
晴明「よ~く……よ~くお考えなされませ」
この言葉が意味するところは「娘を一条天皇に入内させ、定子から引き離せ」といったところと思われます。
しかし、愛されないと分かっていながら娘を差し出す父親がどこにいるでしょうか。
悩める道長が出した結論は「よし、姪を入内させよう!」というものでした。
姪とは亡き兄・藤原道兼(玉置玲央)の遺児である藤原尊子(そんし/たかこ)。以前に子役で登場していたのをご記憶でしょうか。
長徳4年(998年)に15歳となっていた尊子を入内させ、長保2年(1000年)に女御となりました。
ただし一条天皇から寵愛を受けるはずもなく、人々からは暗戸屋女御(くらとやのにょうご)と呼ばれます。
ちょっと可哀想過ぎではありませんか?この通称(住んでいた場所)どおりの扱いであったことは、想像に難くありません。
もちろん皇子を生むこともなく、一条天皇の崩御後は参議の藤原通任(みちとう)と再婚します。
こちらでも子供を生むことはなく、治安2年(1023年)12月25日に崩御したのでした。
第26回放送「いけにえの姫」
「チッ、やっぱり姪ではダメか……」
とまではさすがの道長も言ってないと思いますが、尊子でダメなら、いよいよ愛娘の藤原彰子(見上愛)を入内させるほかなさそうです。
まさに血を吐くような思いだったことでしょうが、こうなったら権力の限りを尽くして、可愛い彰子を何がなんでも寵愛させようと必死です。
第26回放送は「いけにえの姫」。劇中では人知れず差し出された尊子に続き、真打の登場となります。
彰子の入内は長保元年(999年)11月1日。入内までをじっくり描くのか、入内してからの時間をとるのか、どういう展開を迎えるのでしょうか。
次週も目が離せませんね!
トップ画像:大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより
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