江戸時代はまさにデリバリーの先駆け!当時の「出前」はどんな商品がどのように売られていたのか?
みなさんは、普段出前やフードデリバリーをよく利用しますか?ひと昔前までは、お寿司やピザのデリバリーが一般的でしたが、今ではデリバリーアプリの発達などもあり、レストランやカフェ、ファストフード店のデリバリーも気軽にできるようになりましたよね。
そんな出前・デリバリーですが、実は江戸時代にもとても活発に行われていたんです。そこで、今回の記事では、そんな江戸時代のデリバリー事情に迫ってみたいと思います。
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まさに移動式スーパー!江戸時代の移動販売「棒手振り」には社会福祉の役割もあった 出前がはじまるきっかけは吉原だった!?出前文化がいつごろ、どのようにして始まったのかについては、明確にはわかっていません。しかし、当時の落語や浮世絵にたびたび登場することから、江戸時代の中ごろには栄えていたと考えられています。
そして、出前文化のはじまりについて、一説によると、吉原の遊女たちにルーツがあるといいます。
それは、遊女たちは仕事以外に外出することが許されておらず、彼女たちが食べものを持ってきてもらうことを始めたのがきっかけだというのです。確かに、納得できそうな説ですよね。ちなみに、お蕎麦やうなぎを出前で頼んでいたとか。
出前・仕出しの言葉の由来出前という言葉は、店から食べものが「出る」ことと、一人前などの「前」が組み合わさってできたといわれています。また、仕出しについては「作って」「出す」という意味が由来だとされています。
出前で活躍した職業出前が登場し、活躍した職業があります。それは、棒手振り(ぼてふり)です。
桶を天秤で担ぎながら、人々が住む地域に売り歩いていました。彼らは、早朝から人々の朝ごはんに必要な食べものなどを売っていたのです。
出前では何が運ばれていたのか?上述のとおり、棒手振りは早朝からやってきます。納豆としじみは朝の定番でした。ちなみに、しじみについては、専門の「しじみ売り」もいたといわれています。
また、当時納豆というと2種類(粒納豆、叩き納豆)あり、叩き納豆については、現代のような食べ方ではなく、お味噌汁に入れて食べていました。野菜やお豆腐などの具も入れ、「納豆汁」として食べていたとか。
また、冷蔵庫がない時代ですから、新鮮なお魚やお野菜も出前で運ばれました。
そのほか、少し変わったものだと、「金魚」も売られていました。夏になると、たらいのなかに水を入れて金魚を売っていました。「金魚売」たちは、独特の高い声を出して売り歩いていたとか。また、きれいな水を売る「水売り」もいました。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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