激務のあまり我が子も看取れず…藤原行成の多難すぎる長徳4年(998年)がこちら【光る君へ】 (4/4ページ)

Japaaan

終わりに

冷泉為恭「冷泉為恭筆藤原行成像」

かくして民を救う激務に追われながら、行成の長徳4年(998年)は過ぎ去っていきました。

翌長徳5年(999年)1月13日、朝廷ではあまりの「長毒」に耐えかねたように改元。長保元年(999年)となったのです。

NHK大河ドラマ「光る君へ」では描かれませんが、行成にはこんなことが起きていたと思うと、いっそう彼を贔屓したくなりますね。

※参考文献:

倉本一宏『平安京の下級官人』講談社現代新書、2022年1月 黒板伸夫『人物叢書 新装版 藤原行成』吉川弘文館、1994年2月

トップ画像(右):大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「激務のあまり我が子も看取れず…藤原行成の多難すぎる長徳4年(998年)がこちら【光る君へ】」のページです。デイリーニュースオンラインは、長保赤斑瘡蔵人頭稲目瘡源泰清女カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る