男たちは頼りない!たった200名の「女鉄砲隊」を結成し徳川家康から1万石を勝ち取った女大名・池田せん (2/3ページ)

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それでも池田せんは、幼い子供たちを抱えていたこともあり、悲しんでばかりいられませんでした。そして周囲からの勧めで、中村一氏との再婚を決意します。

再婚後

中村一氏(Wikipediaより)

再婚した池田せんは、1590年に息子・中村一忠を授かります。その後、夫の中村一氏は関ヶ原の戦より前に病死。

11歳だった中村一忠が、初陣した関ヶ原の戦で活躍しました。その功績が認められ、伯耆国(鳥取県西部)に17万5,000石の領地を授かり、大名となります。

池田せんはすぐに出家し、安御院となって息子・中村一忠の庇護下で隠居していました。

息子の急死

関ヶ原の戦いから10年が経ち、再び平穏が訪れたと思った矢先のことです。息子・中村一忠が、20歳という若さで急死。

中村一忠には跡継ぎがいなかったため、徳川幕府に所領の没収と御家取り潰しを言い渡されてしまいます。

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