江戸時代の飛脚がハンパない!江戸から京都をわずか3日で走破していた幕府公用の継飛脚とは? (2/2ページ)

Japaaan

江戸で出した手紙が人力だけで最短3日で京都に届くって、継飛脚半端ないって!

継飛脚のビジュアルは?

図をみると、2人で走っています。そうです、継飛脚は2人1組。どっちかが足遅いなんてことになると話にならないので、2人も脚には自信のある走りのエキスパートだったのでしょうね。

書状・荷物を入れた「御状箱」を棒の先にくっつけて肩に担ぎ、「御用」と書かれた札を持って走りました。

飛脚の通常スタイルとして、上半身はもろ肌ぬぎで足に脚絆を着用したスタイルや、股引のようなパッチ1枚で上半身は裸スタイル、さらに自慢の入れ墨を見せたい場合は褌一丁がスタンダードだったようですね。

やはり半端ないスピードで長距離を駆け抜けるので、袖のもたつく着物では暑かったのでしょう。また、額には汗止めのハチマキも欠かせなかったようです。足元はワラジ一択。足の皮も分厚かったのだろうと想像されます。

伝説の「飛脚走り」とは?

飛脚走りという走法をご存知でしょうか。別名ナンバ走りとも呼ばれ、右手と右脚、左手と左脚を同時に出す特別な走り方の事です。

これにより飛脚は1日に何10kmも、場合によって100km以上を走れたとされています。しかし、その走法は現代に伝わっておらず、映像や資料にも残っていないために本当にあったのか証明できない伝説の走法となってしまいました。

信じるか信じないかはアナタ次第・・・。

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