日本初の女性天皇!女帝・推古天皇はお飾りなどではなくエリート血統の敏腕政治家だった! (2/3ページ)
さらに父親も欽明天皇であり、まさにエリートの血統です。政治手腕も秀でており、仏教の興隆政策、大和各地での治水事業、朝鮮半島の混乱に乗じた新羅出兵など、内政や外交で幅広く手腕を振るいました。
葛城県(奈良県南西部)を馬子から要求されると、「私の治世でこの県を失えば、後世の帝には愚かな女と言われ、大臣も後世に悪名を残すであろう」と拒否しているほどです。お飾り・あるいは操り人形の女帝なら、こんな発言はできないでしょう。
また、当時の天皇は政治的な実績を積んだ、40歳前後の人物が即位する習慣がありました。推古は数え年38歳で、馬子とは年齢が2歳ほどしか変わりません。
このように政治経験もあり、即位するに申し分ない年齢となれば、群臣たちに評価されたと考えても不自然ではないでしょう。