卑弥呼は巫女?それとも女王?謎に包まれた古代日本の女王をめぐる最新の学説! (4/4ページ)

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そこには、189年頃に卑弥呼という「年増」の女性がいたと記されているのです。卑弥呼の没年は247年か248年と考えられているので、同一人物にしては年代が離れすぎています。

しかし両者は別人で、例えば『古事記』『日本書紀』に記される「姫命」のような意味で、卑弥呼という尊称で呼ばれていたのだとしたら辻褄は合いますね。

ただ、この説では卑弥呼のあとに立ったとされる「壱与」の名に矛盾が生じますし、そもそも『後漢書』の成立は魏志倭人伝より約150年も後のことです。記載ミスや創作が入り込んでいる可能性は否めません。

このように、卑弥呼はまだまだ謎に満ちた存在ですが、発掘調査が進む現在、邪馬台国に関係するのではないかという新発見も相次いで見つかっています。

卑弥呼の実像の一端が、近い将来明らかになる日も遠くないかも?

邪馬台国だったのではないかという説がある奈良県桜井市の纒向遺跡

参考資料:日本史の謎検証委員会・編『図解最新研究でここまでわかった日本史人物通説のウソ』彩図社・2022年

画像:photoAC,Wikipedia

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