連続発生した南海トラフ!過去に起きた地震の傾向と今後の被害はどうなるのか? (2/2ページ)

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また、安政東海地震(1854年)の際は32時間後に安政南海地震(1854年)が連続して発生。昭和東南海地震(1944年)の際は間隔が2年あいていますが、同地域を震源とした昭和南海地震(1946年)が発生しました。

このことから次回以降の南海トラフでも、短いスパンで連続して巨大地震が発生する確率は非常に高いと考えられています。

一方で、地震の誘発に関してはバラツキがあり、明確な規則性が発見されていないことから、科学的知見での発生予測は難しいのだとか。

しかし、知って備えているのと、知らずに備えられないのとでは大きく異なります。

次項目では、直近で起きた昭和東南海地震がもたらした被害についてみていきましょう。

昭和東南海地震の被害

1944(昭和19)年12月7日午後1時、震度6弱相当(マグニチュード7.9)の昭和東南海地震が発生しました。

この地震は、歴史上繰り返し発生してきた駿河トラフ(静岡県付近)と南海トラフ沿い(四国周辺)を震源としたもので、三重県から静岡県までの広範囲で震度6弱を記録。津波は伊豆半島から紀伊半島を襲いまいた。

修学・勤務時間帯であったこともあり、学校や職場を中心に死者1,233人の被害が出ています。

その37日後、1945年1月13日午前3時に内陸直下型の「三河地震(震度7)」が発生し、合計死者数は2,306人にまで達しました。

これだけの被害をもたらした地震ですが、当時の日本は第二次世界大戦の最中ということもあり、日本政府は厳しい報道規制を実施。

地震に関する資料や被害を隠し、国民に知らされたのは生活支援物資に関するものだけでした。

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