好きな男を落とすため僧侶や陰陽師の力を借りちゃった、男色の平安貴族・藤原頼長の執念がこちら (2/3ページ)

Japaaan

隆季は父が鳥羽天皇の寵臣だったことが影響し、7歳で従五位下となった異例の出世を遂げ、池禅尼(平清盛の母)の従兄弟ということもあり、平氏と友好関係を築いた人物です。

また自身の和歌が勅撰和歌集である『詞花和歌集(しかわかしゅう)』に選ばれるくらい和歌に精通していました。

頼長は隆季と関係を結ぶために康治2年(1143年)ごろからスキンシップを図るために手紙を送ります。

しかし手紙は返って来ず、悶々とした頼長はなんと僧侶を呼んで返事がくるよう加持祈祷を行いました。

陰陽師を頼りに本懐を遂げる

それが実を結んでか隆季との仲立ちをしてくれる協力者が現れました。その人物は不思議なことに忠雅で、忠雅の仲介によって頼長は隆季と対面します。

しかし、隆季は肉体関係を拒み続け、それが1年以上も続きました。

目の前には待ち焦がれた隆季がいるのに、何もできないことに頼長は悩んだことでしょう。

その状態を打破するために頼長は信頼する陰陽師、賀茂泰親(かもの-やすちか)を頼りました。泰親は安倍晴明の子孫で、占いにおいて優れた才能を発揮した当代屈指の陰陽師です。

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