藤原実資の女児が死亡…遺体はどこへ!?なぜ平安貴族の幼児の葬儀は”薄葬”だったのか?【光る君へ】 (2/3ページ)
そして一夜が明けた7月13日。実資は雑人らに命じて、娘の遺体を納めた桶を運ばせました。運んだ先は平山、つまり今八坂の東方となります。
ここに遺体を安置させたのですが、実資は置いてこさせた娘の亡骸が心配すぎて、いても立ってもいられません。
そこで翌7月14日、実資は雑人らに娘の遺体を確認してくるように命じました。
見に行ったからと言って、別に何がどうなる訳でもありませんが……。
遺体はどこへ消えた?
果たして戻ってきた雑人らは、よせばいいのに「ご遺体は既にありませんでした」とバカ正直に報告します。
娘の遺体は野犬やカラスの餌になったか、それとも生薬の材料(鮮度のよいものは高く売れる)として持ち去られたか……。
どのみちロクな扱いを受けていないのは間違いないでしょう。実資の悲しみはますばかりだったはずです。
にしても、実資の雑人たちは嘘も方便という言葉を知らないのでしょうか。どうせ実資自身が見に行くなんてことはないのだし……。
まぁそこは謹厳実直な主人に仕えているから、やはり性格も似るのでしょうか。
それに気を利かせ?て「遺体は昨日置いたまま、その場にありました」と報告したところで、実資の悲しみが癒えるとも思えません。