まるで婦人のような優男! 織田信長が惚れ込んだ戦国時代の天才軍師「竹中重治」の逸話【前編】 (2/4ページ)
美濃国に侵攻した「織田信長」Wikipediaより
【生涯】美濃国家臣時代
1561年。急死した義龍の子・龍興(たつおき)が斉藤家の家督を継ぐと仕えた。この頃の美濃国は、義龍時代から関係が崩れていた尾張国の織田信長との争いが続いており、龍興が当主になってからも一進一退の状況であった。
1563年。信長は美濃に出陣。寡兵で立ち向かった龍興軍は半兵衛の機転によって勝利を収める(新加納の戦い)。家臣団は若き当主を助けたが、龍興は生来酒癖が悪く徐々に政務に支障をきたすようになり国内は混乱した。
1564年。特定の側近だけを重用し、惰政を極める龍興に業を煮やした半兵衛以下重臣の一部は龍興の居城である稲葉山城を襲撃。当主龍興を追い出す強行にでる。稲葉山城は半年ほどの占有の後に龍興勢によって奪還されたという。
その後の斉藤家は信長の侵攻によって没落。半兵衛は斉藤家を去り23歳で隠遁した。