”にせ金” 造ると家族にも厳しい刑罰が!日本最古の貨幣「富本銭」と「和同開珎」のトリビアを紹介 (2/3ページ)
そんな時代に、富本銭や和同開珎などの貨幣は何に使われていたのでしょうか。
和同開珎の用途は明らかになっており、これは平城京を造営するための給料として造幣され、労働者たちに支払われました。
都の造営には多くの人手が必要で、和同開珎はその給金を支払うために造られたのです。
山口県下関市で出土した和同開珎の鋳型(Wikipediaより)
一方、富本銭はどうかというと、和同開珎ほどはっきりとは分かっていません。おそらくこれも同様に、一時代前の藤原京の造営のための給金として造られたのではないかと考えられている程度です。
いわば、どちらも公共事業用の貨幣だったと考えられているのです。古代の貨幣は、国民を公共事業に駆り出すために鋳造されたのかも知れません。
和同開珎の贋金を造ると…ちなみに、和同開珎の発行以後、律令政府は庸や調の税を銭で納めさせることもありました。このため貨幣の流通が盛んになりましたが、これと歩調をあわせて贋金が造られ始めたようです。人間が考えることはいつの時代も同じですね。
当初、贋金を造った者には3年の懲役刑を課すと定められていました。