武家のルール「御成敗式目」はなぜ50ではなく51箇条?中途半端な数字には理由があった!【陰陽思想】 (2/4ページ)
御成敗式目だけじゃないぞ:前編【鎌倉殿の13人】
それまで、律令といえば公家による法律のことを指していましたが、御成敗式目の特徴は武士の習慣や実態にあわせて作られたという点です。
執権とともに政治を行う有力御家人や学者がメンバーとなり、時の執権を助ける形で作成されました。
完成した式目は写しが作られた後、各国の守護を通して全ての地頭に配布されました。したがって、全ての地頭はその内容をよく知っておく必要があったのです。それくらい大切なルールでした。
なぜ「50」ではなく「51」なのか?さてこの御成敗式目ですが、最初は35条までが作られ、そのあと付け加えがあり、全部で51箇条になるという経緯をたどっています。
今回のテーマは、なぜこのような中途半端な「51箇条」という数字になったのか、という点です。
御成敗式目は51箇条にまとめられていますが、なぜ、そんな中半端な数にしたのでしょうか。
現在の感覚でいえば一条だけ余分で、50条にしておけばスッキりするように感じられますね。
この疑問を解くカギは、陰陽思想にあります。実は、御成敗式目の51カ条という数字は中国古来の陰陽思想に基づいているのです。
十七条憲法も建武式目も…陰陽思想は、万物が陰と陽という二つの気によってできているという考え方で、奇数を陽とし、偶数は陰とします。
