江戸時代、どこよりも早くワクチン接種を敢行!天然痘の抑え込みに成功した佐賀藩主・鍋島直正 (2/5ページ)
致死率が高く、仮に命が助かったとしても痘痕や失明など、後遺症が残ってしまう非常に恐ろしい病気です。
痘痕は顔に残ってしまうことも多かったため、当時は「見目定め」とか「器量定め」などと呼ばれていました。
「痘(いも)神に、惚れられ、娘値が下がり」
という川柳が詠まれていたことから、特に若い女性は天然痘に対して、強い警戒感を抱いていたことがわかります。
エドワード・ジェンナー Wikipediaより
長きに渡って全世界を苦しめてきた天然痘ですが、1798年にイギリス人医師・ジェンナーが初めてワクチンを発表しています。ジェンナーのワクチンは、牛にも発症する牛痘(感染症)の膿(牛痘苗)を体に入れることにより免疫を作るという方法で、安全性の高いものでした。
一方で、日本ではジェンナーの発表から約50年前の延享元年(1744)、清国から伝えられた「人痘接種法」を用いていました。これは、天然痘が一度罹れば二度と罹らない病気であるので、天然痘患者から人為的に病毒を接種させるという接種方法です。
ところが、この方法は副作用によって接種者が死亡したり、新たな流行を発症させるリスクを負うものでした。日本がジェンナーの作ったワクチンを手に入れるまでには、まだ先のことになります。
天然痘の抑え込みに成功した名君・鍋島直正…さて、天保元年(1830)、佐賀藩主に17歳の若い藩主が就任しました。