あなたの「前方後円墳」の描き方は間違い!?江戸時代にあった古墳の築造に関するトンデモ説 (2/3ページ)

Japaaan

兵庫県最大の前方後円墳・五色塚古墳

しかし、よく考えてみて欲しいのですが、こと前方後円墳に関しては、これを逆さに描かなければなりません。そうしないと前円後方墳になってしまうからです。

前方後円墳と呼ぶ以上、これを描く際は円が後ろ(下)で方形が前(上)になるのが正しいと言えるでしょう。

では、昔の人が実際に前方後円墳を築造する際、その前と後ろはどうやって決めたのでしょうか。

江戸時代のトンデモ説

実は、前方後円墳という名をつけたのは江戸時代後期の国学者・蒲生君平です。

蒲生君平(Wikipediaより)

当初、蒲生は古墳の形について「これは車を模したものだ」と考えていました。

もちろん車といっても、現在の乗用車ではありません。大きな車輪を二本の棒で引っ張る牛車や人力車のイメージです。

そう考えると、たしかに方形の部分が前で円形の部分は後ろになりますね。

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