戦国時代の海戦で活躍!海上専門の戦闘集団「水軍」はどんな船でどのような戦いを繰り広げたのか? (2/3ページ)
見方によっては、同じ武人なのに仲間外れにされていたかのように感じられるかも知れません。しかしもともと、彼ら海賊は権力に組みこまれることを好まない独自性の強い立場だったようです。
海賊という名称には海の盗賊としてのネガティブなイメージが強いですが、こうしたことから、長い間この名称が使われていたのでしょう。
さて、そんな当時の海上での戦いは、艦隊同士の決戦でした。主力となるのは大型の安宅船(あたけぶね)です。
安宅船・関船・小早船ここで、安宅船をはじめとする当時の艦船について簡単に説明しておきましょう。
安宅船は、室町時代の後期から江戸時代初期にかけて用いられた軍船の一種です。
重厚な武装を施した巨大な船で、戦闘時には数十人の漕ぎ手によって推進するという構造でした。
よって小回りがきき、またその巨体には数十人から百数十人の戦闘員が乗り組むことができたといいます。
安宅船は基本的に水軍の旗艦として運用され、戦力としての主力には中型で快速を誇った関船が使われていました。
室町時代後期以降の日本の水軍の艦船には、この他にもさらに快速で海上を駆けめぐる小早船があったようです。