吉原遊女の日常光景が眼に浮かぶ…『青楼美人合姿鏡』に詠まれた遊女たちの俳句を紹介【大河ドラマべらぼう】

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吉原遊女の日常光景が眼に浮かぶ…『青楼美人合姿鏡』に詠まれた遊女たちの俳句を紹介【大河ドラマべらぼう】

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」皆さんも楽しんでいますか?

第10回放送「『青楼美人』の見る夢は」にて、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)が世に送り出した『青楼美人合姿鏡(せいろうびじんあわせ・すがたかがみ)』。

劇中では身請けされて吉原遊廓を去って行く瀬川(小芝風花)への餞別として、最高級の美人画集として出版されました。

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(※実際の動機は異なり、そもそも二人が幼なじみという設定も史料的な裏づけはなく、大河ドラマの創作と考えられます)

そこに描かれているのは吉原遊女たちの日常。まるで辛い勤めなどないかのような表情で、四季折々の暮らしを楽しんでいます。

今回はそんな『青楼美人合姿鏡』巻末に収録されている、遊女たちの詠んだ俳句を紹介。詠まれているのは日常の寸景か、あるいは……?

春夏秋冬の俳句4選

『青楼美人合姿鏡』は「春夏」「秋冬」「員外」の全3巻より構成され、最後の「員外」巻末に「巻中諸君四時詠唫(かんちゅうしょくん・しきのえいぎん)」が収録されています。

要するに「巻中に登場した遊女たちが四季折々に詠んだ俳句」という意味で、彼女たちが登場した季節について詠まれました。

今回は四季それぞれより一句ずつ紹介しましょう。

松葉屋の瀬可ハ(瀬川)。『青楼美人合姿鏡 春夏』より。

宇くいす(ウグイス)や 寝ぬ眼を覚寸(さます) 朝朗(あさぼらけ)

※春の部・瀬川(せがわ)

【句意】明け方ごろ、ウグイスの声で、寝ぼけ眼がすっかり覚めた。

……安永4年(1775年)末に身請けされ、吉原遊廓を去って行った五代目瀬川。最後となる絵姿は、最初のページを飾っています。

去るからと行って粗末には扱わない。むしろ去るからこそ、よい思い出を彩ってもらいたい。そんな蔦重の心意気を感じる演出でした。

かよひ路(通い路)を きめてミち行(道行く) 蛍可那(ほたるかな)

※夏の部・梅の香(うめのか)

【句意】蛍たちが飛び交う姿は、どの道を通るのか決めているかのようだ。

吉原遊廓には蛍が飛び交うほど綺麗な水辺があったのでしょうか。

彼女の想像なのか、あるいは提灯を持って見世に通うお客の姿を蛍に見立てたのかも知れませんね。

多満屋の“梅の香”。『青楼美人合姿鏡 春夏』より。

三味線尓(に) さひしさ(寂しさ)志らぬ(知らぬ) 砧(きぬた)可奈(かな)

※秋の部・江可ハ(えがわ。江川か)

【句意】三味線で砧の曲を謡っていると、寂しさ知らずで(忘れて)いられる。

砧とは藁(ワラ)を打って柔らかくする木槌のような道具です。

よく昔話で農家の妻が砧で藁を打つ描写が出てきますが、あれは夫のいない寂しさを紛らわせる仕草なのだとか。

また三味線の謡に砧物というジャンルがあり、それにかけているのかも知れません。

むらさ記(紫)の 筑波(つくば)も向し(同じ?) けさの雪

※冬の部・禾■機(~き?)

【句意】今朝の雪は、紫峰と呼ばれる筑波山と同じくらい美しい。

崩し字が読み切れませんでした。ごめんなさい。それはそうと、彼女は筑波の出身だったのでしょうか。

朝夕の日差しに山肌の色を変え、その美しさから紫峰(しほう)と称えられる筑波山を思い出しながら詠んだのかも知れませんね。

終わりに

遊女が二人くんずほぐれつ……何やってんの?『青楼美人合姿鏡 秋冬』より。

今回は『青楼美人合姿鏡』より、遊女たちの詠んだ俳句を紹介してきました。

どれもこれも美しく、辛い中にもささやかな慰めがあったのだと感じられます。

中には「こんなの絵空事だ」と思われた方がいるかも知れません。

確かに吉原遊女たちは過酷な勤めを課せられて、その多くは年季明けより前に若い生命を散らして行きました。

生まれては 苦界、死しては 浄閑寺

※花又花酔

一度大門を潜ったら、生きて出られるのはひと握り……そんな現実を変える夢を語る蔦重。

その姿と心意気に、多くの視聴者が涙したことでしょう。

果たして蔦重は吉原遊廓を変えられるのか、瀬川との関係がどのように続いていくのか、これからも目が離せませんね!

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