大河「べらぼう」蔦屋重三郎の夢を支えた『男気』〜浄瑠璃の馬面太夫と富豪の鳥山検校〜【後編】
売れ残った豪華絢爛の錦絵本『青楼美人合姿鏡』を売る手段として、吉原の人気イベント「俄(にわか)祭り」を利用しようとする蔦屋重三郎(横浜流星)。
【前編】では、「俄祭り」とはどのようなものだったのかをご紹介しました。
※【前編】の記事↓
大河「べらぼう」蔦屋重三郎の夢を支えた『男気』〜浄瑠璃の馬面太夫と富豪の鳥山検校〜【前編】その「俄祭り」を盛り上げる目玉企画として亡八が思い付いた「浄瑠璃の人気太夫を呼ぶ」ことに蔦重は奔走します。
浄瑠璃との出会により、蔦重と瀬川は再会。そして、浄瑠璃に関係する男たちのさまざまな立場の「男気」が蔦重のビジネスを助けることになったのです。
「市村座舞台開狂言仕初之図」「名見崎豊茂治」「名見崎徳治」「市川九蔵」「富本豊前太夫」」歌川国貞
浄瑠璃の世界観に圧倒される蔦重蔦重は、「俄祭り」に大人気の江戸浄瑠璃の歌い手で、歌舞伎の出語りとして一世を風靡している「富本節」の太夫・富本豊志太夫/午之助(寛一郎)こと「馬面太夫(うまづらだゆう)」をゲストに招きたいと、芝居町へと出向きます。
※出語り:浄瑠璃の太夫と三味線弾きが舞台上で演奏をする
※富本節:「浄瑠璃」の流派の一つ
本当に「馬面」だった富本豊前太夫。『江戸花柳橋名取 二代目富本豊前掾』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)
語りと三味線の伴奏を組み合わせ情感豊かなストーリーテリングの音楽劇である浄瑠璃は、人々にとっては新鮮で心を掴むエンターテインメントでした。
特に、恋愛・忠義・復讐などドラマチックなテーマは庶民の共感を呼び、その世界に埋没することで背負っている日常の苦労から一時的に逃れられる……と人気が出たそうです。
音楽・演技・物語の融合による芸術性の高さがありながら、庶民の生活感情に寄り添い共感できるような内容が結びつき、江戸時代の文化の中で独自の地位を築いたそうです。
「音を聞き舞台を観て、非日常的なドラマの中に入り込み、辛い日常を一時的にでも忘れたい」そんな感情は、現代人でもまったく同じですね。
スターを応援する「推し活」は江戸も令和も同じ生の太夫の美声や芸を目の当たりにして、その実力や世界観に圧倒される蔦重。さらに、出待ちには多くのファンが押し寄せ、圧倒的なスターの輝きを放つ太夫の姿を見て、エンターテイメンの持つ力に初めて震えたのではないでしょうか。
ファンの女性たちが手に手に持っていた「団扇」には「桜草の紋」(太夫が舞台で来ていた裃に入っていた紋)が入っていました。「推しの団扇」を持って応援する文化は現代でも続いているのだな……と、非常に身近に感じるシーンでしたね。
感動そのままに体当たりで、太夫に「俄祭り」への出演を依頼するも、太夫は昔吉原と一悶着あったため「吉原は好かねぇんだよ」と一蹴します。
剣もほろろの馬面太夫との仲を取りもってもらうため、当時浄瑠璃の元締めだった鳥山検校(市原隼人)の家を訪れる蔦重。そこで鳥山検校の妻となり「瀬以(せい)」と名前を変えた瀬川(小芝風花)と再会します。
吉原の頃の。仲のいい蔦重と瀬川のイメージ。(ac-illust)
再会した蔦重と瀬似に何かを察知する鳥山検校鳥山検校が現れるまで、久々に再会した二人は吉原にいたことのまま息の合った会話を交わし笑い合います。イキイキとした楽しそうな瀬以の声を聞いた検校は、二人の間に漂う親密な空気を察知し、結びつきの深さに嫉妬したのでしょう。
蔦重が「太夫の声を聞いて欲しい」と願うも乗り気ではありません。瀬以が「私も太夫の声を聞いてみたい」と助け舟を出すものの、それ以上瀬以を困らせたくない蔦重はあっさり引き下がります。
追いかけようとする瀬以の手を握り「もう花魁、瀬川ではない!」「ずいぶんとそなたに優しい男だな」というセリフは、盲目でありながら非常に人間の機微に鋭い人だけに、怖いものがありました。
手首に触れて「脈が早い」と瀬以の感情が高ぶっていることを指摘するのも、鋭すぎてこれからの二人の行く末が危ぶまれるような不穏な空気が漂っていました。
今までの話の中で、吉原のトップ花魁として、疑似恋愛の手練手管には長けているところを見せてきた瀬川ですが、鳥山検校に本心を悟られないようにすることはどうも難しそうです。
初めての浄瑠璃に涙する遊女たちと男気を見せる太夫
蔦重は、遊女かをり(稲垣来泉)の「芝居なんか観たことない」という言葉にヒントを得て、嘘を付き富本豊志太夫と市川門之助(濱尾ノリタカ)をある座敷に招き、非礼を詫びます。
騙して呼び出された彼らは帰ろうとしますが、襖を開けると隣の部屋にはずらりと遊女や禿たちが並んでいました。「ほんの少しでいいんで、女郎たちに富本を聴かせてもらえませんか」とお願いする蔦重。
居並ぶ彼女たちの願いを断って帰るなど野暮なことはしない太夫と門之助は、彼女ために即興で座芸を見せます。目の前で初めて鑑賞する浄瑠璃に、涙を流す遊女たち。
豊志太夫の語りと門之助の素踊りを心震わせながら鑑賞する遊女たちとともに、吉原での「籠の鳥」状態の日々のシーンがかぶります。きれいな着物を着ていても、好きでもない男に体を売る辛い日々。そんな厳しい現実をわずかな時間でも忘れられたでしょうか。
「こんな座興で……」と、遊女たちの涙に驚く太夫と門之助に「吉原の女郎は幼い頃より廓で育ち、江戸にいながら一度も芝居を観ず……この世に別れを告げる者もおります」「太夫の声で救われる女郎がたくさんいる。どうか祭りでその声を響かせて欲しい」とお願いします。
「やろうじゃないか!こんな涙を見て断る男がどこにいる」と、「俄祭り」への出演を承知する太夫たち。「いよっ!午之助」とでも声をかけたくなるほど、粋な男気を見せてくれました。
そんな時、鳥山検校からの「襲名を認める」(正式に二代目富本豊志太夫の襲名を認める)という文が座敷に届きます。そこで、蔦重は「直伝」(※)の出版の許可も頼み込むのでした。
※直伝:浄瑠璃の全段を収めた正本の中でも太夫がお墨付きを与えた本
太夫の男気と鳥山検校の男気
嫌っていた吉原だけれども、誠心誠意の詫び、浄瑠璃を観にいく自由もない「籠の鳥」の遊女たちが置かれた環境、背負った運命などを感じ、自分の芸に涙する彼女たちの心情に揺さぶられ、「こんな涙を見て断る男がどこにいる」と「俄祭り」への出演を決心する本豊志太夫の男気には惚れ惚れとしたという声がSNSでもネットでもたくさん上がっています。
そして、鱗形屋(片岡愛之助)から「蔦重は、市中の地本問屋との折り合いが悪い」という悪口のような事情を聞いたときも、「だったらなおさら、あいつを助けてやりたいね。それが男ってもんだろ」と言い切るのは、さらに男気のある痺れるようなセリフでした。
鳥山検校なりの悩んだ末の男気そして、検校の計らいに感謝の言葉を述べる瀬以。「瀬以の望むことは全て叶えようと決めた」という検校。
ぞっこん惚れて身請けした女性が心に他に想う人の面影を抱いていると察知しながらも、「瀬以の望むことは全て叶えようと決めた」という検校の男気には、器の大きさを感じながらも、太夫のそれとは違って複雑な陰や寂しさが漂います。
「瀬以の望むこと=蔦重を助けること」と察知しつつ蔦重への嫉妬で苛まれ瀬以にきつく当たることなど自分の誇りが許さないのか、瀬以の望むことは財力のある自分しか叶えられないという証なのか、それとも純粋に瀬以を愛するゆえに覚悟を決めたのか……さまざまな推測はできますが、本当の気持ちは本人にしかわからないこと。
いずれにしても、お江戸の人気スター富本豊志太夫、惚れた瀬以の夢を叶えるために確保を決めた盲人で大金持ちの鳥山検校、二人の「男気」に支えられ助けられた蔦重なのでした。
ちなみに、鱗形屋に対して、駿河小島藩に仕える武士であり戯作者でもある倉橋格(恋川春町/岡山天音)が「当家の家老はそなたにまことにひどいことをした。それを忘れるなど、男のすることではない」と、詫びるシーンも男気を感じる場面でした。
『吾妻曲狂歌文庫』で描かれた酒上不埒。倉橋 格の狂名。wiki
今回のそれぞれの立場の「男気」。その男気に助けられてビジネスを成功させていく蔦重がどのような成長を遂げていくのか、これからも楽しみですね。
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