大河『べらぼう』身請け後、横領事件に巻き込まれ…実在した花魁「誰袖(福原遥)」が辿った光と影【後編】
【前編】では、総集編「ありがた山スペシャル」で取り上げられた忘れられない名場面の紹介とともに、平賀源内の亡き後、その思いを引き継ぐ決意をした蔦重(横浜流星)と『耕書堂』の新章が幕を開けたことをご紹介しました。
大河「べらぼう」蔦屋重三郎、次の舞台へ!新しい幕開けを飾る桜並木と当代一の花魁・誰袖(福原遥)【前編】瀬川(小芝風花)が残した、本を作るなら「恩が恩を生んでいくめでたい話がいい」という夢を大切に、蔦重が書き上げた(とされる)『伊達模様見立蓬莱』を含む10冊の新しい本を出版した蔦重。PR作戦が功を奏し、耕書堂は大盛況となりました。
瀬川の“夢”が詰まっている『見立蓬莱 : 2巻』,[蔦屋重三郎],[安永9 (1780) ]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/8929638
そして、3月になると登場する吉原の桜並木。そこで、蔦重は、振袖新造から花魁へと桜のように花開いた誰袖(たがそで/福原遥)に再会します。少女の頃から蔦重が大好きな明るいキャラクターで、新章の新しいヒロインの一人として登場しました。
制作サイドによると、新しいヒロインが、“瀬川とはまったく異なるアプローチ”、で蔦重と関わってくるそうで、相変わらず蔦重は「女性の気持ちには鈍いまま」という設定は変わらないそうです。
瀬川と蔦重の、他の誰も割り込めないソウルメイトの関係のファンだった筆者としては、瀬川はいつまでも蔦重の唯一無二の愛した人でいてほしいと、つい願ってしまうのでした。
さて【後編】では、天真爛漫だったかをり時代も振り返りつつ、実在の人物であった誰袖について探ってみました。
満開の桜に合わせたかのように登場した誰袖
“満開の桜並木”を背後に登場させよう……と、思ったのかどうかはわかりませんが、まさに蕾から花を開いた桜のように、少女から美しい女性へと成長した姿で登場したのが、大文字屋の花魁・誰袖(たがそで/福原遥)。
まさに、蔦重の新しい舞台の幕開けを飾るにはふさわしい華やかさでした。ご存じの方は多いと思いますが、誰袖は少女時代かをり(稲垣来泉)という名前の、「振袖新造(女郎見習い)」として、ドラマの第7回「好機到来『籬(まがき)の花』」から登場しています。
蔦重が次郎兵衛(中村蒼)と歩きながら、「いかに倍売れる『細見』を作るか」に頭を悩ましながら策を練っていたとき。大胆にも、突然背後から蔦重に抱きついたのが、かをりでした。そして、『細見』をたくさん売るなら、「男前はタダってのは?」「細見を持ってきた客が男前ならタダにしたら?」「男前はこぞって細見を買い、男前の客がどっと増えるんしょ」と、大胆な提案をします。
さらに「一目見た時からわかりんした。蔦重とわっちは前世からの縁…」とぐいぐいと迫っていたのも、強烈なキャラで面白かったですね。
将来花魁になる大文字屋の秘蔵っ子「振袖新造」かをり吉原では、「禿」が15歳前後になると「新造」となるのですが、中でも容姿や教養、稽古事の面で秀でた少女は将来有望とされ「振袖新造」になり、花魁見習いとして本格的な修行・教育期間に入ります。
花魁が他の客の相手をしているときは、名代として客の話し相手や添い寝をすることもありましたが、絶対に「客が手だしをするのはご法度」でした。
一方、それほど期待されない禿たちは「留袖新造」となり、早々に客を取らされました。かをりは、大文字屋が秘蔵っ子として大切にしている花魁見習いなのでした。
そのため、そんなかをりが昼間から“吉原の男”蔦重に抱きつき、人目もはばからずに「スキスキ」攻撃をしかけるなどもってのほかだったので、常に大文字屋の遣手・志げ(山村紅葉)が仕置き棒を片手に目を光らせていたのです。
そんなかをりですが、第11話「富本、仁義の馬面」では、江戸で人気の吉原嫌いの富本節の太夫「馬面太夫(寛一郎)」とお近づきになりたいと悩む蔦重に思わぬナイスパスを渡します。
かをりの、「わっちは鳥の籠。まことの芝居など見たことありんせん。いつかわっちの手を取り芝居町へ」というセリフにひらめいた蔦重は、太夫たちを座敷に招き富本を聞かせてやってほしいとお願いし、結果太夫たちを仕事上の味方につけることに成功したのでした。
明るくポジティブなだけではなく強さも感じる誰袖
大人になった誰袖ですが、性格は少女の頃とまったく変わっていない様子。桜並木で出会った蔦重に抱きつき「いつ身請けしてくれる?」「兄さんなら身請けもできんしょう」「しきたりなんか書き換えてしまいんしょう」と、蔦重の耳に息を吹きかけ猛アプローチ。
相変わらずクセの強いポジティブキャラですが、遣手のお目付け役、志げ(山村紅葉)をすっかり味方につけている様子。厳しい志げもなんだかんだ小言を言いつつも、「もう、しょうがないねえ」という感じで笑っているのが印象的でした。誰袖という儚げな名前ながら、なかなかのしたたかさも身につけている様子も感じます。
蔦重の「吉原再見」に「たがそで」の名前が誰袖は、実在の人物ではありますが、残されている資料は少なく、その生没年は不明、出身地や育った環境、家族、なぜ吉原に売られてきたのかなどの事情はわかりません。
天明3年に発行された、版元・蔦屋重三郎「吉原細見五葉枩」の中で、大文字屋を探してみると、「大もんしや」その下に「大もんしや市兵衛」と楼主の名前が記載されてあり、上段の右から四番目に「たがそで」の名前とともに「よび出し」の文字が。(上写真/赤枠)
当時、吉原の花魁の中でも、呼び出しは最も格が高い花魁でした。ところが、この翌年の正月に発行された「吉原細見五葉枩」を見ると、前年の「たがそで」部分が消されているのがわかります。
天明4年に、田沼沖次(渡辺謙)の家臣で、勘定組頭の旗本の土山宗次郎(栁 俊太郎)に身請けされたので、消したのでしょうか。(下写真/赤枠)
「たがそで」の名前が消えている。天明4年の『吉原細見五葉松』(江戸東京博物館所蔵) 出典: 国書データベースhttps://doi.org/10.20730/100450863
夫の横領事件に巻き込まれてしまう土山は、意次が蝦夷開発を積極的に推進するなかで、その探査役として、大きく関わっていく人物。文人・狂歌師である大田 南畝(おおた なんぽ/桐谷健太)のパトロンとなり、吉原で豪遊するという一面もある人物です。誰袖を1200両もの大金で身請けしたことで、江戸中の話題になります。
しかし、遊興費も身請け金も横領した金であったことが発覚し逃亡後に見つかり翌天明7年(1787年)に斬首となります。残念ながら、この一件で、誰袖の消息はどうなったのかは不明のようです。
ドラマでは、この誰袖の将来はどう描かれるのか。この後、後の蔦重の妻となるてい(橋本愛)も登場します。
北尾重政『絵本吾妻抉』(寛政9年)。恵比寿に祈願する重三郎とその妻子。wiki
誰袖が蔦重に身請けされるという子供の頃からの“夢”は叶わないようですが、森下脚本では、どのように描かれるのか。
明るく破天荒で華やかで、ちょっと人たらしなところもある誰袖ですが、それだけではありません。文学の素養もある知性派でもありました。
天明3年(1783)に刊行の、当時人気を博した狂歌を集めた『万載狂歌集』に、誰袖の歌が残っています。
「恋の部」の登場した狂歌ですが、
忘れんと かねて祈りし 紙入れの などさらさらに 人の恋しき
(かつての想い人を忘れようと祈るようにしてみないようにしていた紙入れ。だけど、みてしまうと恋しさが募ってしまう)
左ページの最初の句。『萬載狂歌集』(韓国国立中央図書館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100221182
そんな意味でしょうか。誰袖の恋しい人は果たして蔦重なのか。身請けされる前の年のようなので、蔦重が餞別に紙入れを贈ったのか、なぜ紙入れなのか、いろいろな疑問がわきます。
この部分が、どのように描かれるのかも今後の展開が楽しみですね。
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