誰袖花魁(福原遥)の身請け人も登場!大河「べらぼう」史実をまじえ初登場人物たちを一挙紹介!
NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」、5月25日(日)放送予定の第20話「寝惚(ぼ)けて候」で初登場するキャストが、公式Xで公開されました。
大河ドラマ「べらぼう」公式Xより
これまでJapaaanで紹介した記事をもとに、史実を交えながら紹介します。
大田南畝(演:桐谷健太)
左)大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
江戸・天明期を代表する文人・狂歌師・御家人。19歳のときに、寝惚先生(ねぼけせんせい)という名前で、狂詩を集めた『寝惚先生文集』を刊行しています。これが人気となります。
参考記事:
左)大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
元木網は享保9年(1724年)に武蔵国杉山(埼玉県比企郡嵐山町か)で誕生しました。本名は渡辺正雄(わたなべ まさお/まさかつ)、元服して通称を平七と言います。元木網とは狂歌師としての狂号で、またの名を落栗庵(おちぐりあん)とも言います。
やがて智恵内子(ちえの ないし)と結婚。
参考記事:
左)大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
智恵内子は延享2年(1745年)、武蔵国川越小ケ谷(現代の埼玉県川越市)に生まれました。本名は内田すめ、あるいは通(つう、みち)とも呼ばれています。やがて成長した智恵内子は江戸の京橋北紺屋町で湯屋を経営していた大野屋喜三郎(のち元木網)と結婚します。
二人の間には娘が生まれており、彼女は後に幾地内子(いくじの ないし。意気地無し)と名乗りました。
参考記事:
左)大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
朱楽菅江は元文5年(1740年)10月24日に誕生(元文3・1738年生まれ説もあり)。元は先手組の与力でした。狂歌に目覚めたのは安永年間(1772~1781年)の初期ごろ。同門の大田南畝(おおた なんぽ)、唐衣橘洲(からごろも きっしゅう)、平秩東作(へづつ とうさく)らと活動を開始します。また妻の節松嫁々(ふしまつのかか。幕臣・小宮山昌俊女。実名ちか、通称まつ)と組んで朱楽連(菅江連)を結成。狂歌ブームの一助となりました。
参考記事:
大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
田沼意次の家臣で、勘定組頭の旗本。意次が蝦夷開発を積極的に推進するなかで、その探査役として、大きく関わっていく。また吉原での豪遊も絶えず、大田南畝のパトロンとして、贅沢の限りを尽くし、やがて大文字屋の花魁・誰袖を莫大な金額で身請けするも、意次が失脚すると、悲運な人生をたどっていく。
参考記事:
大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
11代将軍家斉の正室・広大院の父であり、将軍の岳父として高輪下馬将軍と称される。治済とともに権勢を振るうことになる。
工藤平助(演:おかやまはじめ)
大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
江戸時代中期の仙台藩江戸詰の藩医で経世論家。『赤蝦夷風説考』の筆者で、若き日の林子平に影響を与えた人物。松前藩士等との交流により蝦夷地の事情に精通していた。
第20回「寝惚(ぼ)けて候」あらすじ『菊寿草』で『見徳一炊夢』や耕書堂が高く評価された蔦重(横浜流星)は、須原屋(里見浩太朗)と大田南畝(桐谷健太)の家を訪ねる。そこで近頃、江戸で人気が出ている“狂歌”を知った蔦重は、南畝から「狂歌の会」への誘いを受ける。
一方、意次(渡辺 謙)は、家治(眞島秀和)が次期将軍に一橋家の豊千代を、御台所には種姫を迎える意向であることを治済(生田斗真)に伝え、将軍後継問題は決着するかに思われたが…。
NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」第20回「寝惚(ぼ)けて候」は、5月25日(日)放送。
2025年大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」
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