「べらぼう」そうきたか!老舗ができないことをやる−−挑戦とアイデアの宝庫・蔦重の底力【後編】
「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の第21回『蝦夷桜上野屁音』の全体に流れたキーワードは、「そう きたか!」と「指図」でした。
※【前編】の記事はこちら↓
『べらぼう』そうきたか!が蔦重の真骨頂――老舗に敗れて見えた”才能の正体”によって開ける未来を考察【前編】宿敵だった西村屋(西村雅彦)と鶴屋(風間俊介)にスカッとする意趣返しをした蔦重でしたが、さすがにキャリアを積んでいる老舗だけあって、敵は一枚上手。
それは今まで長年商売をやってきたから老舗が持つ“指図”の上手さでした。
発注側(西村屋)が、摺師に細かく“指図”を出すからこその美しい色合いの錦絵が出来上がること。そして、人気絵師・北尾政演(きたおまさのぶ/古川雄大 ・別名:山東京傳)に戯作の才を見出し細かく“指図”を与えながら『御存商売物』という大ヒット作を生み出させた鶴屋の手腕。(政演曰く、鶴屋の細かい“指図”通りにしたら「書けちゃった!てへっ」という感じ)
“指図”ということをしてこなかった蔦重は、老舗の力量の差を知ったのでした。
自分の経験の無さを改めて感じた蔦重を救ったのは「そんな蔦重だからこそ『そうきたか!』と唸らせる才がある」という言葉をかけたのが太田南畝(桐谷健太)でした。
今まで手がけてきた、蔦重の『そうきたか!』な仕事ぶりを挙げて、その才能を誉めてくれます。元気を取り戻した蔦重の次なる挑戦が始まりました。
狂歌本流行りの中「狂歌の指南書」を出すという「そうきたか!」以前、太田南畝が「狂歌本を作りたい」と言ってたので、改めて南畝に依頼した蔦重。
けれども、狂歌が流行り始めたお江戸では、各本屋が「狂歌本」をこぞって出版しよう!というトレンドになり、南畝には狂歌本の注文が殺到。蔦重の注文を受ける余裕が無くなってしまいました。
北尾政美の狂歌絵本「狂歌 四方の巴流」1795 (寛政7)年
そこで、蔦重があらためて依頼したのは「狂歌の指南書」でした。
狂歌が流行り狂歌本が出回るマーケットで、そんな狂歌を読み解くマニュアルのような解説書のような「指南書」を作ろうと思いつくあたりは、蔦重らしい「そうきたか!」の才を感じますね。
狂歌は、自由気ままに詠んでいいようにみえますが、「うまいなあ!」と思わせるには、いわゆる元ネタとなる和歌の知識がないと難しい(なくてはいけないということはないのですが)……ともいわれています。
そんな狂歌の指南本があれば、流行り物には敏感な江戸っ子はすぐに飛びつくのではないでしょうか。実際に、狂歌会では真面目な顔して大人たちが「ばかばかしい」歌を詠んでいるのやりとりが面白いのですが、いざ自分で詠んでみようと思っても、コツがわからず筆者は「結構難しいものだな」と感じていました。
耕書堂が太田南畝の「狂歌の指南書」を出版するなら、ぜひ読みたいと思います。
「吉原の風景の中にいる遊女の錦絵」を出したい!な「そうきたか!」さらに蔦重が手掛けたいと亡八たちに持ちかけたのが、『青楼美人合姿鏡』を本ではなく、錦絵として売り出すことでした。
北尾重政(橋本淳)と勝川春章(前野朋哉)という絵師による豪華な彩色絵本で、吉原の人気遊女の日常の姿を描いた本です。第10話で、その本を、蔦重は鳥山検校(市原隼人)に身請けされ吉原を出ていく瀬川(小芝風花)に贈りました。
『青楼美人合姿鏡』(北尾重政・勝川春草)一番右で読書しているのが松葉屋の瀬川花魁
自分が本を読んでいる姿が描かれているのを見て、喜ぶ瀬川。
「俺は『吉原をもっといいところにしたい』と二人で見ていた夢から覚めるつもりは毛筋ほどもねえよ。俺と花魁を繋ぐもんはこれしかねえから。俺はその夢を見続けるよ」と語る蔦重に「そりゃまあ、べらぼうだねえ」と、涙を流す瀬川の姿はいまだに記憶に新しいところです。
NHK「べらぼう」公式HPより。蔦重が制作した『青楼美人合姿鏡』を見て、自分が描いてあるのを知り涙ぐむ瀬川。
けれど、『青楼美人合姿鏡』は豪華過ぎて残念ながら売れず、莫大な借金だけが残ってしまいました。
「あれは売れ残ったじゃねえか」という亡八たちに「確かにあんときゃうまくいきませんでしたけど、今なら当たると思うんでさ。今、清長がウケてる理由の一つは景色の中の美人を描くからなんですから」という蔦重。
当時、鳥居清長の美人画は大変な人気でした。清長が描く女性は、八頭身ですらりとしているのが特徴。「清長美人」と呼ばれ、現代では「江戸のヴィーナス」とも呼ばれているそうです。
「清長は景色の中の女性を描いて売れている。ならば、こちらは吉原にいる女郎の姿を描いた錦絵を出したい」という蔦重の言葉に乗る亡八たち。
ただし「絵師が無名の歌麿では金は出せない。売れている絵師でないとだめだ」ということで、蔦重は、歌麿に描かせる計画を断念します。
そして、北尾政演に絵を依頼。
蔦重は、歌麿に「お前を外さなければならない。申し訳ない」と頭を下げるのでした。鶴屋では作家として、蔦屋では絵師として政演を売り出すという計画を聞いた絵師・北尾重政(橋本淳)は「そりゃあ『そうきたか!』となるもんな」と言います。
『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)筆(18世紀)
「俺ゃ歌にやってほしかったけどね」で決意する蔦重ところが、それに続いた重政の言葉は非常に印象的でした。
「俺ゃ歌にやってほしかったけどね」。
「俺ゃ駆け出しの奴の絵は山ほど見てきたから、そいつらが落ち着く先の画風も大体は読めんだよ。けど、歌はからきし読めねえんだ。そうなると見たくなんじゃない?
あいつが、人真似の絵をやめたらどういう絵を描くのかって」と言います。
さりげない場面でしたが、「さすがは、北尾重政!お目が高い」と思った人も少なくないのでは。筆者は、生涯でさまざまな弟子を輩出し若手の育成に熱心だった重政らしい「目利き」の言葉だなと、思った場面でした。
NHK大河「べらぼう」公式サイトより。『一目千本』以来、蔦重と長く深い付き合いとなった、人気絵師・北尾重政。
北尾重政は、遊女らを花に見立てた『一目千本』を作るときに、蔦重が絵を依頼した絵師です。その後も、『青楼美人合姿鏡』でも絵を描いていますし、蔦重が耕書堂の経営基盤を築いた『往来物』(子供の教科書のような本)も、書も得意とした重政が作ったのではないかという説もあります。
出会った頃、蔦重は開け出しの出版人でしたが、重政はすでに絵師として人気も実績もありました。
史実では、重政は本屋・須原屋三郎兵衛の長男として生まれ、本に囲まれて育ち、絵や書、俳諧において才を育むこととなった人。蔦重の本作りへの情熱に共感し、蔦重のいいパートナーとしてその成長過程に関わりたかったのかもしれません。
そんな重政の「俺ゃ歌にやってほしかったけどね」は、蔦重の心にもズシリと響いたのでしょう。
重政を見送った後、早速耕書堂に戻り、歌麿に「お前の名前をどんどん売ろう!」
と熱く熱く語ります。
歌麿は「絵のこと(自分が錦絵本の絵師から外されたこと)なら何とも思っていない」と言います。「屋根があって飯食えて絵を描けて蔦重と暮らせればいい」とも。
歌麿は、鬼のような母親に虐待され、まだ7歳なのに男相手に体を売らされ、搾取されてきた壮絶な過去の持ち主です。そして、江戸の大火事で家の下敷きになった母親を見捨てて逃げた罪の意識から、男女かまわずに体を売り、贋作作りで死んだように生きてた状態でした。そこから抜け出させてくれたのが蔦重です。
昔から兄のように慕っていた蔦重と一緒に、耕書堂の一員として暮らしている今の生活は、まさに夢のような毎日でしょう。
けれども、少年時代からずっと歌麿の才能を知り、有名な絵師にするのは蔦重の夢。まさに、そのチャンスが目の前に近づいてきたのに諦めるはずがありません。
「お前は蔦屋史上とびきりの『そうきたか!』になんの!」「お前の名をどんどん売ろう!俺がそうしてえの!」
普段はわがままな自己主張はしない蔦重が、本気で「俺がそうしてえの!」と言うのは、久しぶりですね。
鳥山検校の身請け話を受けるという瀬川に「俺がお前を幸せにしてぇの!行かねえでくれ!」と頭を下げたとき以来の「俺がそうしてえの!」です。
この言葉を、今度は、歌麿に言う蔦重。
瀬川は自身の力で幸せにすることはできませんでした。歌麿は絵師として、もっと幸せにしてくれ(史実を知っているとはいえども)と思ったシーンでした。
そして、「お前は蔦屋史上とびきりの『そうきたか!』になんの!俺がそうしてえの!」という蔦重。
まさに、太田南畝の「『そうきたか!』と思わせることをするのが蔦重のいいところ」と言う言葉が蘇ります。まさにここで「そうきたか!」の場面でした。
その言葉通り、蔦重は歌麿の絵の才能をPRするためのお披露目会「歌麿大明神の会」を開き、さまざまなクリエーターに顔合わせをさせます。
そんな大事な会なのに、いろいろと心情的に抱え込んでしまった恋川春町が(岡山天音)とうとうブチ切れて大暴れして、まさにリアルに「筆を折る」ことに……と、これはまた別のお話に。
けれども、以前歌麿が「恋川春町の絵は味がある」言っていたように、筆者も味わい深い春町の絵や発想が大好きなので、まだまだドラマの中で大活躍して欲しいと願っています。
恋川春町の「無益委記」[恋川春町] [画作]『楠無益委記 : 3巻』,[天明4(1784)]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892493
今後がどのような脚本の展開になっていくのか。蔦重の『そうきたか!』が発揮されて大ヒットが生まれるよう、祈りつつ続きを楽しみに待ちたいと思います。
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