朝ドラ「あんぱん」嵩の父・柳井清(二宮和也)のモデル・柳瀬清が遺したアンパンマンの源流〈空腹の哲学〉

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朝ドラ「あんぱん」嵩の父・柳井清(二宮和也)のモデル・柳瀬清が遺したアンパンマンの源流〈空腹の哲学〉

朝ドラ『あんぱん』には、多くの魅力的なキャラクターが登場します。

時には主人公の(のぶ。柳瀬愓がモデル)と(たかし。柳瀬嵩がモデル)に影響を与え、時には試練を与えて、手助けをして共に歩んでいく姿が印象的ですね。

今日紹介するのは、新聞記者・柳瀬清についてです。劇中では柳井清として登場し、二宮和也さんが演じられました。

公式Xより。

清は上海・広東・アモイを転々としながら新聞と出版の理想を追い続けた“国際派ジャーナリスト”でした。

その生き様は息子である嵩に影響を与え、それが数十年の時を経て『アンパンマン』へと繋がっていきます。

それでは柳瀬清の生涯について見ていきましょう。

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土佐の旧家に生まれる

明示25(1892)年ごろ、柳瀬清は高知県香美郡在所村朴ノ木で300年続く旧家の次男として誕生しました。一つ上の兄は柳瀬寛です。

兄の寛は、学問に打ち込み京都府立医科大学に進学。家業を継承することはなく、医者への道を進みます。

本来であれば、次男の清が実家と米作りの家業を継承する立場です。

しかし清は、寛の影響もあったのか、18歳で上海の東亜同文書院に県費(奨学金)で留学。ここから親の反対があったことと、援助がなかったにも関わらず、自分の道を貫いた意志の強さが伺えます。

清は留学先で中国語と英語を習得。国際感覚に磨きをかけていきました。

東亜同書院大学。1945年まで続いた。

地元に帰省するたび“上海帰りの清さん”は近隣の若者の憧れで、村の寄り合いでは西洋雑誌を読み聞かせたと言われます。

 日本郵船・講談社・朝日新聞で活躍する

やがて清は東亜同文書院を卒業。当時、国内でも人気随一であった日本郵船の上海支店に勤務します。

清が特に実力を買われたのは、その筆の力でした。

広東の夜景。清は同地に特派員として派遣された。

上海の現地航路のダイヤ改訂報道で、清は周囲から筆力を買われます。その後、講談社に招かれ、総合雑誌『雄辯』の編集部員となります。

ドラマ『あんぱん』では、清が漫画の編集に携わったという描写がありましたね。あのシーンはこの時代のことをモデルにしているようです。

大正8(1919)年2月6日、妻・登喜子が長男・嵩を出産。可愛さに伯父が贈った新式カメラで「一歳誕生写真」を何枚も撮影したというエピソードは、後年やなせたかしが回想しています。

大正10(1921)年、今度は清は東京朝日新聞「支那部」へ移籍。翌年には広東特派員として再び大陸へ渡ることとなりました。

編集者から特派員へという異色の転身は、清の経歴や経験だけでなく、紙面に“現場の匂い”を持ち込む野心からだったと思われます。

厦門の客死と〈空腹の哲学〉

大正12(1923)年、清は家族を連れ上海へ赴任。同地では次男・千尋が誕生し、家族が増えました。

しかし清に、今度は広東転勤が命じられます。

当時の広東では北伐戦争が勃発中でした。清は「災難の都合は大人が被れば良い」と家族を東京に戻し、単身で最前線へ向かいました。

清は戦争取材に奔走し、飢饉の現場で「食を奪われた民衆こそ最大の弱者だ」と痛感します。克明なルポは東京本社で高評価を得ましたが、月給の大半を救援米購入に充てたため家計は火の車だったようです。

清が送った絵入り書簡を、幼い嵩は“おとぎ話の新聞”と呼び大切に保管します。ここに「物語で飢えを癒やす」萌芽が芽生えたと指摘する研究もあります。

しかし清には、残された時間はわずかでした。

大正13(1924)年5月16日、厦門で清は髄膜炎に倒れて病没。わずか31歳という若さで帰らぬ人となりました。赴任からわずか一年半のことでした。

2,000字を超える死亡記事の末尾には「筆名ケイ・ヤナセ、食糧問題と東アジア経済を論ず」とあり、同僚はその視座を“パンと平和の人”と評しています。

嵩たち遺族は高知へ戻り、嵩と千尋は伯父に預けられて育ちました。

しかし清の残した思いは、確かに嵩に受け継がれていたようです。清の残した蔵書に詰まったロシア文学や石川啄木の歌集が、のちの『手のひらを太陽に』の詩情を育てたと本人は語ります。

さらに清の手紙に繰り返される〈食べものを分け合え〉の一節を、嵩は「顔をちぎって飢えた子に与えるヒーロー」に姿を変えたとも言われています。アンパンマン誕生(1969年)は、父が遺した“空腹の哲学”への、嵩の答えでもあったわけです。

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