立売堀、水走、中百舌鳥…読めますか?大阪の読みづらい地名に隠された歴史の裏話【後編】
前回の記事で、大阪の難読地名の由来や雑学をご紹介しました。
放出、杭全、喜連…読めますか?大阪の読みづらい地名に隠された歴史の裏話【前編】歴史的な事象が関わっている地名も多く、今回の記事でも引き続き興味深い由来を持った大阪の難読地名をいくつかご紹介していきたいと思います。なかには、大阪府民でも頭を抱えてしまうような、とっても難しい地名もありますよ。
「立売堀(いたちぼり)」は漢字も変化した大阪府大阪市西区には、「立売堀(いたちぼり)」という町名があります。「立」や「掘」はなんとなく読めそうですが、「売」という字が使われているのはとても不思議ですよね。この地名にも歴史的事象が関係しているのですが、実は最初は別の漢字が使われていました。
地名の由来は諸説あります。たとえば、『摂津名所図会大成』によると、大坂冬の陣・夏の陣のときに、伊達氏がこの付近に堀をつくって陣地を構えており、その跡を掘り足して川としたことから、初めは「伊達堀(だてぼり)」と呼んでいました。
しかし、次第に「伊達」を「いたち」と読むようになり、後に沿岸で材木の立売(たちうり)が許可され、地名の漢字が「立売堀」と改められたのですが、読みかたは今まで通り「いたちぼり」としていた、という説です。
ほかにも、元和(1615年~1624年)の時代に、土佐藩が幕府の許可を得てこのあたりに材木市場を開き、材木の立ち売り(お客さんが見やすいように材木を立てかけて売る)を行ったことが由来、という説です。
水走(みずはい)東大阪市の東部にある地名です。「走」を「はい」と読むのがおもしろいですよね。これは、古代から中世にかけて、この地域を支配していたのが「水走氏(みずはいし・みずはやし)」という一族であったことに由来するそうです。
水走氏は枚岡神社の神主など神職を世襲した一族で、次第に枚岡神社の社領などを守る武士団へと成長しました。また、この地域周辺には港もあり水運が発達していたこともあり、漁業権と水運権を確保して勢力を拡大していきました。
中百舌鳥(なかもず)大阪府堺市に「中百舌鳥(なかもず)」という地名があります。こちらも、歴史に登場するとある人物が関係していると言われています。
中百舌鳥駅のあたり、「百舌鳥(もず)」と名付けられたエリアには、古墳が多くあります。仁徳天皇が眠っているとされる大仙陵古墳は特に有名です。
日本書紀には、「百舌鳥野に幸して遊猟したまふ」という記述がみられます。
少し血なまぐさい話なのですが、陵墓を造営していた最中に鹿が迷い込んで死んでしまい、その鹿の耳からモズが飛び去った、というエピソードが地名の由来と言われています。ちなみに、「もず」の漢字はこれまで「万代、毛受、毛須、裳伏、藻伏」などとも書かれてきました。
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