幕末の犠牲者…17歳の芸妓「唐人お吉」が国難を救うために背負わされた哀しき運命【後編】 (2/3ページ)
(※ハリスに関しては以下の記事も合わせてどうぞ)
幕末期、米国の初代・駐日領事「タウンゼント・ハリス」は日本人のことをどう思っていたのか?しかし周りの目はそうは見ません。毎日美しく着飾り化粧したきちが、豪華な駕籠に乗りこみ、武士にまで挨拶を受けて領事館へ向かう姿を見た町の人々は、彼女が内心どんな心細い気持ちでいるか知るわけもなく、偏見と嫉妬で彼女をこう呼ぶようになります。「唐人お吉」と。
同時に、きちが高飛車に「日本人なんか相手にしません」と言ったという根も葉もない噂まで広まってしまいます。
そのせいでハリスの看病の役目を解かれた後も客が付かなくなってしまったきちは、現実から目を背けるように酒に溺れる日が増えました。そして20歳の頃、ついに人々の前から姿を消します。
時は流れ、御一新後の明治元年。ただ1人、姿を消してしまったきちを探し続けていた人物がいました。
その人こそかつての想い人、前編の記事でも紹介した鶴松あらため又五郎でした……。
想いは通じ、彼はついにきちを横浜で見つけ出します。その時又五郎32歳、きちは28歳になっていました。
