七夕の起源は平安時代?平安貴族がロマンチックアレンジし雅な行事へと進化 (2/2ページ)

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(※1)七夕とかいて「タナバタ」と読む当て字もそうした背景で生まれたと言う説あり

素朴な祭りだった七夕は、平安京で優雅な儀式に変わっていった

古代中国で生まれた七夕は、元をただせば針仕事を始めとした芸の上達を願う、素朴さが持ち味のお祭りでした。それを優雅でロマンチックな夜を過ごす行事にアレンジしたのが、平安時代の貴族達です。

平安時代、宮廷ではヒサギの葉に金銀の針を7本ずつ刺して五色の糸で針の穴を通したものを、食物や灯明などと共に供え、香を焚く中で天皇が織姫と彦星が再会できるようにお祈りを行った、言わば神事に近い七夕が行われていました。

願い事を短冊に書くのも平安期に萌芽がみられ、こうした神事の他にも七夕では詩歌の会や宴も行われ、カジの葉に願いの言葉を書いたり、和歌を記す習慣が生まれます。中でも、「天の川のしずく」として字の上達にご利益があるとされた里芋の葉にたまった露で墨をするなど、日本独特のスタイルが生まれたのも見逃せません。

こうした“手習いの上達など願い事を書く”“祈りと共に歌や宴会を楽しむ祭り”としての七夕は近世以降、庶民の中にも広まります。文才や工芸の才能上達、そして恋愛成就と言った祈りを捧げる、ロマンチックなお祭り・七夕は、自然の美と雅を尊んだ平安貴族らしいアレンジから産まれたのです。

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