ふんどしからシマウマ水着へ…平安時代にルーツを持つ「海水浴」の歴史を古写真・浮世絵で振り返る (3/4ページ)

Japaaan

歌川国貞(3代)「祷龍館繁栄之図」

海水浴場があり宿泊施設がある。まさに私達が知る海水浴場の始まりです。現在、大磯は「海水浴場発祥の地」と呼ばれ、松本順は「海水浴場の父」と讃えられています。

シマウマ水着のブーム到来

大磯海水浴場は広告なども活発に打つことで集客を増やし、大変な繁栄をします。海水浴に訪れる人々の目的は医療から徐々にレジャーへと移っていきました。そして明治時代の鉄道の普及も後押しし、全国的に海水浴場が設置されていくこととなります。

当時、海水浴を楽しむときは男性はふんどし、女性は腰巻きや、水着と言うよりもシンプルな洋服のよなものを着ていたようです。

明治中期〜後半になると、ワンピースタイプの縞々模様の水着が人気を博します。

このタイプの水着はシマウマ(縞馬)水着と呼ばれ、さまざまな彩り、さまざまな縞模様の水着が登場します。

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