酒癖の悪さがすべてを狂わせた!名将・福島正則が家宝の名槍「日本号」を失った夜【前編】 (2/2ページ)

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しかし、使者という立場をわきまえた友信は、はじめはきっぱりと断りました。

ところが正則は、「黒田の武士は酒にも弱いのか」と挑発します。それを聞いた友信は、「では、飲み干したらごほうびをいただきましょう」と言い返しました。

正則は「好きなものを取らせてやる」と笑ってうなずきました。

友信は、その酒を何杯も、ためらうことなく飲み干しました。そして……

そして、「ごほうびとして、日本号をいただきます」と告げたのです。

日本号は、正則がかつて豊臣秀吉から授かった名槍であり、家の誇りでした。それでも正則は、「武士に二言はない」と言って、その槍を渡しました。

しかし翌朝、酔いからさめた正則は、そのことを思い出して頭を抱えたといいます。あんなにも大事な槍を、酒の勢いで手放してしまった――返してほしいと願い出たとも伝えられていますが、もう遅かったのです。

相手が正則の剛腕に恐れをなして、家宝を返そうとしなかったとも、一方で、断る理由がなかったとも諸説あります。いずれにせよ、正則にとっては、深い後悔と苦い思い出が残った出来事でした。

※この出来事をさらに詳しく↓

酔いが覚め後悔…戦国武将・福島正則の酒好きが災いした失態エピソード

この出来事は、のちに『黒田節』という歌となって広まりました。勇壮な旋律にのせて、酒と槍の逸話が語り継がれ、人々の記憶に深く刻まれていきます。今も福岡の銅像や博多人形には、盃と槍を手にした母里友信の姿が残されています。

しかし、正則が酒によって失ったものは、家宝だけではありませんでした。

次回の【後編】に続きます。

参考文献

南條範夫 著『大名廃絶録』(1964 人物往来社)

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