江戸初期の無法集団「旗本奴」vs「町奴」暴力で支配したアウトローたちの末路 (2/3ページ)
旗本奴の先駆者は慶長15年(1610)前後に現れた浪人の大鳥居逸兵衛(大鳥逸平)で、300人のかぶき者を束ねて行動したと言われています。
彼の活動は正保年間(1644~1648)から盛んになり、「鉄砲組」「鶺鴒組」などの団体も生まれました。
「大小神祇組」を組織した名門旗本の子・水野十郎左衛門、高坂藩主の加賀爪直澄など、大名や旗本も参加していました。
対消滅した「町奴」さてその一方で、ろくでなし集団である旗本奴から庶民を守るために立ち上がる人もいました。「町奴(まちやっこ)」です。
彼らの多くは町人出身者でしたが、中には浪人も含まれていました。町奴の頭領・幡随院長兵衛と水野十郎左衛門の対決は、歌舞伎の題材にもなっています。