『べらぼう』松平定信(井上祐貴)を転落へと追い詰めた事件とは?正論の押し付けが仇となり一橋治済とも対立
白河の 清きに魚の すみかねて
もとの濁りの 田沼こひしき【歌意】白河(松平定信)は清廉潔白すぎて息苦しい。少しくらい濁っていても、田沼(意次)の時代が恋しいなぁ……。
そんな狂歌が世に出回り、寛政の改革(天明7・1787年〜寛政5・1793年)は一定の成果を収めつつも幕引きとなりました。
松平定信(井上祐貴)はなぜ老中の職を退いたのでしょうか。また、引退後にどのような晩年を送ったのかも気になります。
松平定信(井上祐貴) 大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより ©️NHK
今回は定信失脚の一因となったエピソードを紹介。NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」を楽しむご参考にどうぞ。
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閑院宮典仁親王。明治時代になって慶光(きょうこう)天皇の諡号を追贈された(画像:Wikipedia)
定信失脚のキッカケとしては、尊号一件(そんごういっけん)が挙げられます。
尊号一件とは、当時の調停で光格天皇(こうかくてんのう。第119代)が実父である閑院宮典仁親王(かんいんのみや のりひとしんのう)に対して、太上天皇(だいじょうてんのう。上皇)の尊号(称号)を奉ろうとしたのを、定信が反対した件です。
太上天皇は皇位にあった方の尊号であり、天皇陛下の父親であったからと言って奉るべきではありません。
結局、尊号については渋々ながら取り下げる形になりましたが、定信は徳川家斉(第11代将軍)・一橋治済(家斉実父)との間に禍根を残してしまいます。
なぜなら家斉は、実父である治済に「大御所」の尊号を贈ろうとしていたからです。
天皇陛下に対して「実父だからと上皇の尊号を奉るのはダメ」と言いながら、「実父だから大御所の尊号を贈りました」では筋が通らないでしょう。
定信とすれば、治済は自分を白河藩へ追いやった張本人。ただでさえ将軍の実父として権勢を振るっているのに、大御所なんかになられてはたまりません。
そんな事情もあってか定信は筋を通したのですが、家斉と治済の不興を買ってしまったのでした。
家斉に斬られかけるも……。
ある時、家斉は真っ向から正論をぶつけてくる定信に怒り狂い、小姓から太刀を奪って斬りかかろうとしたそうです。
自分たちの我田引水を指摘され、よほど図星だったのかも知れません。
すると近くに控えていた御側御用取次の平岡頼長(ひらおか よりなが)が、間髪入れずに声を上げました。
「越中(定信)殿、上様が御手ずから太刀を下さる。速やかに拝領なされ!」
白刃を抜き放ったのは、見事な刀身を披露するため……ということにしたのです。
不意を衝かれて拍子抜けした家斉は、そのまま定信に太刀をくれてやったのでした。
とまぁ平岡の機転で生命こそ助かったものの、定信はほどなく失脚の憂き目を見ます。
定信の晩年
一部に定信を惜しむ声はあったものの、余計な諍いを起こすのは御政道の妨げとばかり、定信は所領の白河藩へと帰国していったのでした。
寛政の改革も道半ば(というか問題山積状態)で帰国した定信については、世の人々も快く思わなかったようです。
五、六年 金も少々 たまりつめ
かくあらんとは 誰も知ら川【歌意】5〜6年ほどの江戸勤務(溜詰・たまりづめ)で、いくらかカネが貯まり詰めたようだ。まさか白河藩へ帰ってしまうとは……こんな展開、誰も知ら川(白河。知らなかった、予想できなかった)だよ。
冒頭の「白河の〜」で知られる通り、上下に倹約や表現規制・思想統制を強いたことなどから、後世あまり評判のよくない寛政の改革。
しかし幕府の財政再建については一定の成果を上げており、一説には幕府の寿命を半世紀ほど延ばしたとも言われます。
また定信の去った後も、彼の政治思想は松平信明(のぶあき)・牧野忠精(ただきよ)ら「寛政の遺老」に引き継がれ、幕末まで影響を与えました。
そして白河藩では以前の通り所領統治に心血を注ぎ、名君と称えられながら天命をまっとうしたのです。
終わりに
今回は松平定信が失脚した尊号一件を中心に紹介してきました。
やっと憎っくき田沼を追い落としたのに、一橋によってその座を追われてしまう様子は、諸行無常を感じられてなりません。やはり、ラスボスは治済だったようですね。
清濁併せのむことで長期政権を維持した意次に比べて、定信は融通が利かなかったようです。
とかく堅物で世に疎まれた印象の定信ですが、どこまでも天下に対して忠義を尽くしたことは間違いないでしょう。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」では、定信政権がどのように幕引きされるのでしょうか。
心して見守りたいと思います。
※参考文献:
高澤憲治『人物叢書 松平定信』吉川弘文館、2012年12月 田中暁龍『近世の公家社会と幕府』吉川弘文館、2020年12月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

