『べらぼう』蔦重による「エンタメの奇跡」に”煽りのプロ”がつい見せてしまった怒りの爆発【前編】
「蔦重を守れて良かった…俺は世を明るくする男を守るために生まれてきた…」
大河ドラマ「べらぼう」第33話『打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)』で、死にゆく小田新之助(井之脇海)が残した言葉。前回の予告編で予感はしていたものの……衝撃的でした。
今回は、新之助の死、タイトル「えんため」にあるように、煽り言葉でエキサイトする打ちこわし騒動を一気に下火にした蔦重(横浜流星)の「エンタメ」の奇跡、初めて“感情”を露わにした一橋治済のエージェント・「丈右衛門だった男」(矢野聖人)の死を振り返ってみました。
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【べらぼう】新之助の生涯、服部半蔵(有吉弘行)は何者?歌麿ならではの絵…8月31日放送回の各シーン解説 “我が心のままに生きる”男、最後の訴えが愛する妻ふく(小野花梨)と赤ん坊を、 “貧困に殺された” 新之助の、怒りや悲しみは増幅。その上、頼みの綱のお救い米も出ず、奉行所に抗議に出向くも「役人が米がないなら犬を食えと言った」というデマに煽られて「打ちこわし」を決意してしまいます。
けれども、ともに平賀源内(安田顕)の弟子だった蔦重が、源内の言葉を借りて「新さんは、“我が心のままに生きる”のだから、打ち壊しは止めない、ただしただ暴力に及ぶのではなく、自分の言い分を『のぼり』に書いて米屋の前で訴えるほうが皆に伝わる」という説得したことにより、冷静さを取り戻しました。蔦重の心の中には源内から教わった「書を持って世を耕す」「想いを文字にして伝える」が生きているのがわかる場面でした。
勿視金可視萬民 爲世正我々可打壊
(金を視ることなかれ。全ての民を視よ。世を正さんとして我々打ち壊すべし。)
そう書いたのぼりを手に、米屋の前に長屋の人々と押しかけ、米や金品を盗んだら犯罪になってしまうので、店や家屋を打ち壊し、米俵を捨てるに留めます。ただ、令和の今も“米”に悩まされている側としては、米俵から米が地面にばら撒かれたり川に投げ捨てられたりする場面は「ああ、もったいない」と思ってしまいますよね。
そんな打ちこわしの様子を聞いた、耕書堂のたか(島本須美)の「お百姓さんが泣きますよ。一生懸命作ったお米を…」の言葉には、思わず頷いた人も多かったことでしょう。
蔦重の「エンタメ」が市中に“奇跡”を引き起こした瞬間奉行所の前で「役人が犬を食えと言った」とデマで煽った男が、常に暗躍する「丈右衛門だった男」だと気がついた蔦重は、田沼意次(渡辺謙)にその事実を伝え「米を配れないなら金を配り、騒動を収めては」と提案をします。
提案にのった意次に、「お上が金を配るという告知のビラ」を依頼されますが、前回「米が配られるビラ」を撒いて結局米は配られなかったので、またビラを刷って撒くのは躊躇してしまところ。今度こそ、「田沼の手先」と思われて、耕書堂まで打ち壊しの目にあってしまってはたまりません。そこで、閃いたのが「エンタメ」の力でした。
一方、市中では「金だ金だ〜!」と盗んだ金をばら撒き、人々に“盗み”を煽る「丈右衛門だった男」が暗躍中。興奮した人々は盗みを始めます。こうなると、「盗みはやめろ」と静止する新之助の声は届きません。さらに、「男」はかけつけた町方に「いつもなら役人に頭を下げるが、もうそうはいかない」と凄んで見せ、自然に暴動のリーダーのポジションになってしまいます。そんな、収拾のつかない無法地帯と化した江戸市中で、人々の耳に突然飛び込んだのが、“音楽・歌声・呼び込み声”でした。
いきなり登場したのは、『お救ひ銀 米に換わり候』ののぼり、笛や大太鼓と次郎兵衛(中村蒼)を乗せた山車、三味線を引く人々、踊る人々、そして先頭を行くのは富本節の斎宮太夫(新浜レオン)という、蔦重エンタメ軍団。兄さんが太鼓を叩き、笛や三味線が奏でる音楽に合わせ、太夫の美声が狂気に走る江戸の街に響きます。
以前、狂歌師の太田南畝(桐谷健太)が、商売の失敗で落ち込む蔦重に「意表を付いたアイデアを実行する、そして周囲が「そう来たか!」と驚く。それが蔦屋重三郎だろう」と励ました言葉を覚えていますか。
今回の蔦重の「そうきたか!」は、まさかの「配給のお金が振舞われる」告知を、ビラを配るだけではなく、エンタメにしてしまうという発想。人々は、このエンタメ軍団に心を奪われ、あっというまに暴動を忘れてました。
またもや“富本節”の力に救われる蔦重だが「富本節」といえば、第11回『富本、仁義の馬面』で、蔦重を助けてくれた富本節の人気太夫・富本午之助(とみもとうまのすけ/寛一郎)が思い出されます。
大河「べらぼう」蔦屋重三郎の夢を支えた『男気』〜浄瑠璃の馬面太夫と富豪の鳥山検校〜【前編】あの太夫も蔦重を助けるために人肌脱いで、俄まつりを盛り上げてくれました。今回、斎宮太夫もこの役目を快諾。「歌と語りの力」で、民衆の心を惹きつける奇跡を起こしましたね。蔦重は、彼を起用できるだけの友好関係を築いていたのでしょう。
興奮状態が冷めれば、「お金が配られるからそれで米が買えるじゃないか!」と理解でき、民衆の怒りの炎はあっという間に鎮火しました。ところが、自分の「仕事」を蔦重に邪魔された「丈右衛門だった男」は、顔を歪ませます。
今まで、平賀源内を破滅する罠を仕掛け、片棒を担いだ大工を簡単に斬り捨て、佐野政言(矢本悠馬)が田沼意知(宮沢氷魚)に悪意を持つようにデマを吹き込み斬らせ、「佐野大明神」を担ぎ上げ、「役人が犬を食えと言った」と煽動し、皆が「盗みを働くよう」煽り……という凄まじい仕掛けをしては「ニヤリ」と不気味な笑顔を見せていた「丈右衛門だった男」。
アジテート(煽動活動)とアサシネート(暗殺活動)に徹し、手際よくやりとげていたプロが、“初めて見せた感情の爆発”が印象に残りました。
片手に匕首を握りしめ、踊る蔦重を睨みつけながら人混みをかき分けていく「男」。剥き出しの匕首を持っていたら、誰かに止められるか悲鳴が上がり蔦重に気が付かれるだろうに。さらに、民衆の目の前で蔦重を刺したら、あっという間に取り押さえられるだろうし大勢に顔を覚えられるし……黒子だった「男」が、なぜこんなに感情をむき出しにしたのか。
唯一人間らしさを見せた“蔦重への剥き出しの怒り”が破滅にもしかしたら、「佐野大明神」を流行らせ「田沼潰し」ムードを盛り上げようとしたのに、蔦重が意知の“仇打ち”で出版した『江戸生艶気樺焼』の大ヒットで潰されたことを恨みに思っていたのかもしれません。そして、今回も完璧な仕事だったはずなのに、蔦重のエンタメ軍団が登場したせいで失敗したのが、プロとしてプライドが傷つき感情が先走ってしまったのでしょう。民衆の前で匕首を振りかざした「男」。
けれども、蔦重を刺す瞬間、新之助が間に入ったために新之助を刺し、長谷川平蔵(中村隼人)の矢で射られ、あっけなく死んでしまいます。ドラマの中の人物とはいえど、この時代の歴史に爪痕を残し、人を不幸に突き落とす仕事を淡々と続けてきた「男」は、最後の最後まで、どこの誰だったのかわからないまま。己が「天になる」という壮大なる野望を抱く陰謀家・一橋治済(生田斗真)のエージェントらしい死に方でした。
まったく人間味が感じられなかった「男」が唯一見せた、蔦重への剥き出しの怒りに、“この男も生身の人間だったのだ、どのような生まれ育ちだったのだろう”と、思わず考えてしまうようなシーンでした。
「人は何のために生きるのか」というテーマが根底に流れているドラマですが、この男も、いったい何のために生まれ何のために生きてきたのか……強烈な印象を残しました。
【後編】では、死にゆく新之助の思いと、絶望の地獄に突き落とされた蔦重、それを救い上げることができた唯一の男・歌麿(染谷将太)……を振り返って考察してみます。
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