封印された天皇失踪事件――悪臣・蘇我馬子が仕組んだ崇峻天皇“失踪”の真相とは? (2/3ページ)
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しかし、その圧倒的な力は次第に恐れと反感を呼び、即位した崇峻天皇もまた、馬子の支配に疑念を抱くようになります。
「自らの手で政を行いたい」と望む天皇と、「自分こそが国家を支える」と信じる大臣。
ふたりの間には、目に見えぬ緊張が張りつめていました。
ある日、宮中に一頭の猪が献上されました。崇峻天皇はその首を見つめ、ぽつりとこう漏らします。
「いつか猪の首を切るように、朕が憎いと思う者を斬りたい」
この一言が、運命を決定づけました。誰を指したのかは明らかではありません。しかし、馬子の耳に入ったとき、それは明らかに自分への脅しとして響いたのです。
権力の均衡は崩れ、宮中の闇に静かに火が灯りました。

