【べらぼう】史実では蔦重(横浜流星)とてい(橋本愛)の子はどうなった?二代目以降の蔦屋重三郎を紹介

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【べらぼう】史実では蔦重(横浜流星)とてい(橋本愛)の子はどうなった?二代目以降の蔦屋重三郎を紹介

第42回放送「招かれざる客」で、おていさん(橋本愛)から懐妊が明かされた蔦重(横浜流星)。

「この世には面白いことがいっぱいあるぞ、早く生まれて来い、このべらぼうめ!」

亡くなった母つよ(高岡早紀)の生まれ変わりかも知れない……そんな幸せいっぱいの二人ですが、果たしてこの子は無事に生まれる又は育つのでしょうか。

というのも、史実では二代目蔦屋重三郎を襲名したのは彼の実子ではないからです。そこから考えると、この子は流産や死産、あるいは早逝してしまう可能性も否めません。

※女児が生まれて、婿を取った可能性もありますが……。

果たしてこの子はどうなるのか、そして蔦重亡き後、蔦屋重三郎の屋号はどうなっていくのか……今回は五代目まで続いた歴代の蔦屋重三郎について紹介してまいります!

二代目・蔦屋重三郎

初代亡き後の耕書堂を支えた二代目蔦屋重三郎(イメージ)

生没:生年不詳~天保4年(1833年)5月26日没 実名:勇助 出身:伊賀屋勘右衛門の義従弟 身分:番頭から婿養子に 子女:尾州永楽屋、祐助(三代目) 戒名:勇山院松樹日行信士

彼は日本橋で板元を営んでいた伊賀屋勘右衛門(いがや かんゑもん)の妻の従弟……という関係で、耕書堂に奉公していました。

初代蔦重の亡き後、未亡人となったおていさんを支えて耕書堂を守り抜いた才覚が認められ、婿養子となったと言います。

※ということは、蔦重とおていさんの子供は女児だったのでしょうか。だとすれば、無事に成人できそうですね。よかったよかった。

……今のつた重、此時番頭をつとめ、後室を後見して家を治む。依而(よって)二代の家名を相続す……

※山東京山『蛙鳴秘抄』より

二代目蔦重を襲名した勇助は葛飾北斎(くっきー!)を抜擢、また蔦屋と疎遠になっていた喜多川歌麿(染谷将太)との関係回復に努めたそうです。

三代目・蔦屋重三郎

三代目蔦屋重三郎(イメージ)

生没:生年不詳~弘化元年(1844年)9月6日 実名:祐助 出身:二代目の次男 家族:兄・尾州永楽屋 戒名:得法院志雲日信士

三代目蔦重は二代目の息子、兄は尾張国へ移住して永楽屋を継ぎました。

……三代目 尾州永楽屋の弟 今の蔦屋重三郎也……

※霜傑亭越智直澄『牛の歩行』より

劇中でも初代蔦重と永楽屋東四郎(佃典彦)が仲良しだったので、その後もつながりがあったのでしょうか。

次第に経営が傾いてきたのか、天保8年(1837年)に吉原細見の株(出版権)を伊勢屋三次郎(いせや さんじろう)に売却しました。

初代蔦重が出世の足がかりとしてきた吉原細見を手放すとは、よほど追い詰められていたようです。

四代目・蔦屋重三郎

戯作者・狂歌師として活躍した四代目蔦屋重三郎(イメージ)

生没:生年不詳~文久元年(1861年)10月1日 実名:不詳 戯号:三亭春馬(さんてい しゅんば。二代目) 戒名:■心院義覚日慈信士
※■は判読できず。

三代目とのつながりは不明ですが、傾きつつあった蔦屋耕書堂を建て直すため、四代目を襲名しました。

しかし奮闘虚しく、幕末の文久元年(1861年)に蔦屋耕書堂は板元を廃業。安永2年(1773年)の創業から80年以上に及ぶ歴史に幕を下ろしたのです。

その呵責なのかは分かりませんが、同じ年に世を去ってしまいました。

ちなみに戯作者や狂歌師としても活躍しており、プロデューサーよりもクリエイター向きの人材だったのかも知れません。

五代目・蔦屋重三郎

耕書堂を明治まで延命した五代目蔦屋重三郎(イメージ)

生没:生没年不詳 実名:喜多川竹吉(たけきち) 家族:実父 喜多川松芳(まつよし)、兄(実名不詳) 職業:本屋(小売業)

喜多川氏の分家に当たり、四代目の廃業&死去にともない五代目蔦屋重三郎を襲名しました。

……実家の蔦屋に継嗣が絶へたので、松芳の二男即ち竹吉翁が出でゝ、蔦屋の名跡を継ぐことゝなつたのである……

※木村捨三『木村仙秀集 3』「耕書堂蔦屋重三郎」より

と言っても自前で書籍を作る板元ではなく、小売業の本屋。本を仕入れて販売する業態です。

それで何とか明治初期までは蔦屋耕書堂を営業し、その歴史を百年ほどにまで延命させたのでした。

終わりに

今回は蔦重亡き後を継いだ歴代蔦屋重三郎について、五代目まで紹介してきました。

二代目が婿養子であれば、蔦重とおていさんの子(娘)は無事に成人できそうですね。てっきり森下脚本だから「この子はすぐに死んでしまって、二人は悲劇のどん底に叩き落とされるのかな……」と思いましたが、果たして……?

そろそろ最終盤を迎えたNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、最後まで気が抜けませんね!

※参考:

江戸時代から五代続いた、蔦屋重三郎の歴代当主の経歴や本名を知りたい。|レファレンス協同データベース 鈴木俊幸『近世文学研究叢書9 蔦屋重三郎』若草書房、1998年11月 『蔦屋重三郎と天明・寛政の浮世絵師たち』浮世絵太田記念美術館、1985年2月

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