新選組=“剣豪集団”は誤解!西洋戦術、斬らずに捕縛、近藤勇は政治家…最新研究の成果で見えた実像 (4/5ページ)
しかし、小説やドラマで描かれる豪快な剣豪としての近藤像に対して、現代の研究者たちは疑問を投げかけており、最近では彼の政治活動こそが注目されています。
近藤は徳川家茂の上洛時には老中・板倉勝静と面談し、将軍の滞在延長を画策しました。「勤王攘夷」を掲げ、京都の治安回復を含む詳細な政治活動要綱まで記していたのです。
これらの史料から分かるのは、近藤が単なる剣の達人ではなく、計画的に行動する政治家だったということです。慶応3年には新撰組が徳川慶喜直属の軍隊となりましたが、これは近藤の政治的力量が正式に認められたためでした。
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