『べらぼう』の感動ふたたび!総集編の前に“エンタメの神々”の胸に刺さった名場面をもう一度【チーム蔦重編】
「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の最終回が終り、放送のない初めての日曜日は、寂しさを募らせた人も多かったようです。
けれど、もう一度「べらぼう」の世界に浸れる日があります。来たる12月29日は「大河べらぼうデー」!初回から最終回までの総集編と「ありがたやまスペシャル」が放送されます。
そこで、その総集編のお供として、“感動の名場面”を振り返りカテゴリー別にご紹介中。
前回は、〜『べらぼう』は終わらない!総集編の放送前に心に残った感動の名場面を振り返る【吉原・遊女編】〜として、印象的だった吉原の遊女たちの名場面をご紹介しました。
『べらぼう』は終わらない!総集編の放送前に心に残った感動の名場面を振り返る【吉原・遊女編】今回は、黄表紙オタクの松平定信(井上祐貴)が「神々」と呼んだ、戯作者・浮世絵師・狂歌師など“チーム蔦重のクリエーターたち”の、胸に刺さった名場面を振り返ります。
最初から最期まで蔦重を支えた師匠「北尾重政」
蔦重を江戸の出版王にのしあげた「神々」としては、まず北尾重政(橋本淳)が挙げられます。
『べらぼう』蔦重の“初恋の師匠”で最長の相棒!北尾重政の影の功労者ぶりを史実とドラマから探る蔦重が初めて組んだ「神」である重政は、当時の江戸で一、二、を争うほどの美人画の名手。本屋の長男として、幼い時から出版文化に触れていたからか、駆け出し出版人・蔦重の仕事も引き受け、その後、生涯に渡り、何くれとなくサポートやアドバイスをし助けてくれました。
最終回で、病に倒れた蔦重は“チーム蔦重”の一人一人に今後のアドバイスと最後の仕事を依頼します。重政にはすべての黄表紙の絵を依頼。「いつも無理を言うなあ」と昔を懐かしんで笑う重政に、「重政先生には甘えちまうんですよ」と言う蔦重でした。
“写楽プロジェクト”の時には温厚な重政師匠をブチギレさせてしまったこともありましたね。最期の時が近いのを分かっている蔦重の素直な本音だったのでしょう。
11歳年上の重政を、初めて出会ってから師匠とも“年上の兄貴”とも思い、ずっと頼りにしていたのだな……としみじみ感じました。
北尾重政に関しては、先んじて詳しく書いた記事がありますので、ぜひこちらもご覧ください。
温厚で面倒見がよく粋な江戸っ子、重政師匠。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
遊びを目一杯楽しんだ粋人「平沢常富(朋誠堂喜三二)」平沢常富こと、朋誠堂喜三二(尾美としのり)は、秋田佐竹家の留守居役で仕事ができるインテリ。藩の外交担当も行っていたため、吉原のような遊廓文化にも詳しかったそうです。
戯作・俳句・画家・浮世絵などを手掛けるマルチクリエーターで、自他共に認める「宝暦の色男」!遊び人ぽい派手な柄の着物やマフラー(手拭い?)のアレンジもオシャレでしたね。
喜三二といえば、吉原の祭り「俄祭り」を絵本にした『明月余情』の序文が感動的でした。
勝川春章(前野朋哉)が絵を描き、時間がないので墨擦りで仕上げた冊子ながら、人々の表情や仕草が細かく描かれ、現代の私たちの目から見ても面白い本でした。
喜三二の序文は「鳥が啼く 東の華街に…」で始まり、
我と人との譲りなく。
イ(人・ひと)と我とのせ隔(へだて)なく
俄(にわか)の文字が調いはべり
で締められています。人も自分もなんの隔たりもない。人と我という字を合わせれば「俄」。これぞ俄祭り……の一文が、素晴らしかったですね。
「四民の外」と差別されている吉原の人間も、見物に来ている人々もなんらそこに変わりはない同じ人間。そんな思いも込められていたと思います。
いつも洒落た着物を着ている粋人。喜三二。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
「売れる売れないはどうでもいい、楽しくやれりゃ!」という考えだった喜三二。本作りも楽しみながらやっていました。それは、幼馴染の遊女・朝顔(愛希れいか)に教わって以来、大切にしている蔦重のポリシー「分からないなら楽しいほうを考える」とぴったりでしたね。
病に倒れた蔦重が、最後の仕事として喜三二に依頼したのは自分が書く黄表紙本の手伝い。草稿を読み呆れたように「あんだけ戯作出しても上手くなんないやつがいるんだな〜」と容赦無く「全部書き直し!」と命じるのがおかしかったですね。
「蔦重、ちゃんと書けるまで、もっと生きろ!」と鼓舞するために、書き直しを命じていたのだと思いました。
最後の依頼とは思えない、明るい蔦重と喜三二。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
一番“陽キャ”!実はこだわり迷い悩み抜く北尾政演「べらぼう」イチの“陽キャ”クリエーター・北尾政演(山東京伝/古川雄大)。常にうれしそうに「つったじゅぅ〜さ〜ん」と、店に入ってくる姿がお馴染みでした。
ちゃらんぽらで「吉原遊び」しか考えていないようで、実は、“産みの苦しみ”を抱えコツコツと仕事に打ち込む政演。努力して苦しむ姿を見せるのは粋じゃないとばかりに、一人悶々と苦しみを抱えて創作活動をしていました。
そんな一面を、真面目で堅物の恋川春町(岡山天音)に見抜かれ、おまえは俺と同じと言われ「来い!」と両手を広げられ「嫌だ!!」と全力で拒否するシーンは笑えましたね。
実は悶々と悩むタイプだった北尾政演。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
政演の忘れられない場面といえば、第29回「江戸生艶気樺焼」。山東京伝の傑作黄表紙『江戸生艶気樺焼』を、まさかの劇中劇での実写化は多いに話題を呼びました。
山東京伝が演じるモテばかり考えている金持ち仇気屋の一人息子・艶二郎は、惚れた花魁と駆け落ちします。派手な揃いの着物を来て、遊廓の窓を壊し派手に見送られて、「また来るよ〜!」と手を振る姿は、あまりのばかばかしさに大笑いの名場面でしたね。
そして、38話「地本問屋仲間事之始」。蔦重の依頼で作った本のことでお上に罰せられてから、二人はギクシャクした関係になっていました。
ある日、蔦重は、自分の行動がお上の逆鱗に触れさらに本作りへの取り締まりが厳しくなったことを本に携わる人々を集めて詫びます。
皆に吊るし上げにされる中、「本を作るなら町奉行所の指図を受けよ」という命令を逆手に取り、「地本問屋が一斉に多くの草稿を町奉行に持ち込みぎゃふんといわせる」ことを提案しました。
「そんな無理聞けるか!」と地本問屋たちが激怒する中、うずうずする様子を見せていた京伝。
そこへ、「おう!ちょいと失礼するよ」と一同の前に躍り出たのが重政と春章です。「んじゃ、助太刀に行きますか」「弟子が世に出られなくなっちまうからね」と、皆の様子を見ながら割って入るタイミングを見計らっていた、さすがの師匠二人でした。
「俺たち役に立てっかな?」の言葉が実にかっこよかった。一番大変なクリエイター側が自ら、「俺らがそれ引き受けるぜ」と名乗り出たのですから。
京伝は、そんな師匠の男気に感化され、自ら「蔦重さん」と声をかけます。「俺…戻って草稿書いてきますね!」と。「面倒に巻き込まれたくない。ふわふわしていたい」と言っていた京伝が「書いてきますね」と宣言したのは嬉しい場面でした。
驚きつつも蔦重は「いっそ、そのまま出せるもん、頼むぜ…!」と言ってか「京伝先生!」と敬称をつけます。
やはりプロデューサーは「夢」を形にしてくれるクリエーターを、クリエーターは作品を売り出してくれるプロデューサーを、互いにリスペクトしていることが伝わる感動的なシーンでした。
松平定信の“神”だった恋川春町
恋川春町(岡山天音)こと倉橋格は、駿河小島藩一万石松平家の家臣で留守居役、重役加判などの要職を歴任したエリートでいながら、クリエイティブな才能に恵まれた人でした。
黄表紙本の元祖『金々先生栄花夢』であっという間にヒットメーカーになり酒上不埒という名前で、狂歌師としても活躍していました。
ドラマでは、真面目で堅物でちょっと面倒くさい感じだけれど憎めなくてかわいい……と評判に。いろいろ印象に残るエピソードはたくさんある人です。
才能に溢れていた恋川春町。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
春町は、老中・松平定信をあてこすった本が定信の逆鱗に触れ呼び出しをくらい、最初は引退して逃げ切るつもりだったのに、厳しく追及されお家や主君を守るために、切腹という悲劇的な最期を迎えてしまいました。
武士として切腹はしたものの、クリエーターとして権力に屈したわけではないと「桶に入れた豆腐(の角)に頭をぶつけて死ぬ」というオチを付けた春町。
遺書を読み返しながら、「皆に、迷惑をかける」部分に、「恩着せがましいな」と破る場面は胸が痛かった……真面目で純粋な人でした。
春町の死を定信に伝えにいった主君の松平信義(林家正蔵)。蔦重からの伝言としながら「戯ければ、腹を切られねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか。」というセリフは激しい怒りが伝わってきて震える場面でした。
主君にも愛されていた春町。第47話『饅頭こわい』で、松平定信が、春町を追い詰めたのは「自分の政の中で唯一の不覚」と認め、「春町は我が神。蔦屋耕書堂は神々の集うやしろであった」と言いました。春町に聞かせたい言葉でしたね。
名セリフ「そう来たか!」の産みの親・太田南畝
20話「寝惚けて候」で登場した狂歌師・太田南畝(桐谷健太)は、終始、ポジティブな明るさで支えてくれた人でした。
ボロ家に住んでいて、蔦重に「障子が破れておりますが」と言われても、
「穴の向こうに富士が見える。あなあなあな穴あなめでたし」と答えるほど。
明るい南畝に触発され仲間の狂歌会に呼ばれた蔦重は、一見ふざけているようで、実は文学の素養がないと詠めない狂歌の奥深さに「狂歌は流行るぞ、俺が流行らせるぞ!」と魅せられました。
そんな南畝は、蔦重が、老舗の本屋とまだ経験の浅い自分との力量差を知って落ち込んでいたとき「けれど、そこが良いところだ。老舗の本屋が出せないものを出せるじゃないか」と言います。
「『細見』が煎餅みたいになったときゃあ、“そう来たか”って驚いたよ」といいます。(吉原細見を薄くして持ち歩きしやすいように刷新したこと)
「お前さんには、“そう来たか”と思わせるのがお似合い」と、キャリアがない分、斬新なアイデアや行動力を持っていることを褒めます。
きれいごとを並べて慰めるよりも、いっぺんに蔦重をエネルギーチャージさせてしまう南畝。さすが人気狂歌師、短い言葉でも人の心に刺さる名セリフがさっと出てくるものだなと感心した場面でした。
ヒット本の量産を担った凄腕の刷り師・彫り師たち
そして、忘れてはならないのが、チーム蔦重の「神々」の作品を量産する、プロの彫師・摺師。彼らがいなければ、どんなに素晴らしい絵も文章も1枚だけで終わり。
文章や絵を板に繊細に刻む「彫師」と紙に擦り色を再現する「摺師」がいて初めて、市中の人々は作品を手に刷ることができたのでした。
「べらぼう」は、“本”や“絵”は、プロデューサー・クリエーター・彫師・摺師がいてできる作品だということを教えてくれました。
第7回「好機到来『籬(まがき)の花』」で登場した、腕利の彫師・四五六(肥後克広)。
最初は、蔦重の無理な依頼に「そんな割の悪い仕事受けられっか!べらぼうめ」と怒り、帰れと追い出そうとするのですが「吉原の大宴会付きで」と蔦重がつぶやいた途端、商談成立したシーンは面白過ぎて印象に残ってます。
第17話「乱れ咲き往来の桜」で、蔦重は四五六親方に安定した生活が営めるように年俸制を持ち掛けました。
蔦重から依頼された「往来物」の文字が綺麗に出て長持ちするようにと“固い桜の木”を使って作ってくれた親方。仕事が大変だったのでしょう。火鉢で指先を温めてほぐしています。
「版木、桜のいいもんにしてくれたんですね。固くててぇへんだったでしょう」
「恩に着ろよ、往来物は字が綺麗に出て、長持ちしねぇといけないからなぁ」
彫師の大変さをリスペクトしている蔦重と、それをわかってくれていることが嬉しい彫師の会話。
また、蔦重の無理な注文を実現していた摺師(田中光)は、歌麿の大首絵を雲母摺にして役者の絵が浮かび上がるようにするという無理難題を実現。紙に擦りあげるときの色彩の大切さが学べました。さらに、重政が連れてきた摺師・七兵衛を演じたのは、この道73年の本物の摺師の松崎啓三さんで、堂に行ったお芝居が評判になりました。
“本”は「神々」の総力の賜物。
蔦重の「多くの人から受けた恩と恵みを世の中に返す。そのためには耕書堂を日本一の本屋にするしか道がねえんでさ」と言うセリフには、「恩が恩を呼ぶ話がいい」という瀬川(小芝風花)の思い、「書を持って世を耕す」という平賀源内(安田 顕)の思いもしっかりと息づいているのを感じました。
耕書堂を支えた愛すべき「神々」たち。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
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