『べらぼう』総集編を振り返り!死の間際まで書を以て世を耕しエンタメを次世代にバトンタッチ【蔦屋重三郎・後編】

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『べらぼう』総集編を振り返り!死の間際まで書を以て世を耕しエンタメを次世代にバトンタッチ【蔦屋重三郎・後編】

大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の『総集編』が放送されました。ほんとうにこれで最後でしたね。

総集編のお供として、過去の放送を振り返り、【吉原遊女編】【チーム蔦重編】【4人の女神編】をお送りしてきました。

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『べらぼう』総集編の放送間近!蔦重を生み育てた“女たちの底力”、感動の名場面をおさらい【4人の女神編】

今回は、最後に総集編を振り返りつつ、【蔦屋重三郎編】として、心に残る名場面を前編・後編に分けてピックアップしたいと思います。

【前編】の記事はこちら↓

『べらぼう』総集編、1年間の“夢噺”をありがた山!高い志と行動力で出版界の風雲児へ【蔦屋重三郎・前編】

「俺が日本橋で成功すりゃ、もう吉原は見下されねえ」。蔦屋重三郎の活躍の舞台は【前編】の吉原から日本橋へ、そして全国へと移ります。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

吉原者への不当な差別をひっくりかえすために

大手本屋・須原屋市兵衛(里見浩太朗)に「蔦重(横浜流星)は、今、江戸で一番面白い本を作ってる。日本橋に店をだせば、その本は、世の中、津々浦々に行き渡る。それが源内先生の考えでもあった」と言われ、蔦重は日本橋に店を出す覚悟をします。

実は、吉原の妓楼主たちが上客の弔いに招かれた時、「吉原もんだから」と、庭先に座らされおまけに雨が降ってきて濡れているのに部屋にも入れてくれないということがありました。本当に、クズのような喪主の差別。「四民の外」の吉原者に対する不当な扱いに、雨に打たれながら蔦重は心を決めたのでした。

けれども、その決意を告げると、駿河屋の親父様に「てめえの名があがったら吉原とはおさらばか」と階段落ちさせられます。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

ここからの蔦重の名台詞。

「けれど親父様。江戸のはずれの吉原もんが、日本橋のまんまんなかに店をだせば、誰にも下げずまれないどころか、見上げられまさあ。吉原は親のない子拾ってここまでしてやる、俺が成り上がりゃあその証になる。

生まれや育ちなんか人の値打ちには関係ねえ。屁にみたいなもんだ。それが、この町に育てられた拾い子の、いっとうでけえ恩返しになる」

このセリフには痺れました。「生まれや育ちなんか人の値打ちには関係ねえ。屁にみたいなもん」現代社会にもそのまま通じる言葉でした。

蔦重と瀬川(小芝風花)の共通の夢「吉原をもっとよい場所にしたい」は、変わっていないどころか、より強い信念となっているのを感じました。

彼の夢は、安全圏で今のビジネスで安定した収入を得続けることではありませんでした。

「吉原ものは四民の外」という差別に抗い、「吉原を憧れの場所にする」というために、より大きな世界で勝負する。

「江戸の出版王」と呼ばれるまでになり、現代にも語り継がれる人物になったのが納得でした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

「遊びじゃねえから遊びにする」蔦重の困難を乗り切る“戯け”発想

日本橋の町が、浅間山の噴火の灰で埋もれてしまったとき、いち早くかけつけた蔦重。屋根に登って灰が店の内部に入り込まないよう、吉原で集めてきた女郎たちの着物を詰めて大活躍。

道端に積もった灰を川に捨てるために、町の人々を2チームに分けてどちらのチームが早く灰を片付けられるか競争を提案します。

「くだんねえ、遊びじゃないんだぞ!」と怒る日本橋の旦那。
「遊びじゃねえから遊びにすんじゃねえですか。面白くねえ仕事こそ、面白くしねえと。」

改めて観ると、この時のていさんとみの吉のハッとした表情がよくわかります。のちに分かることですが、一見お堅く融通が利かないように見えた日本橋の本屋のこの二人も、なかなかどうして、たわけることを知っている“こっち側”でしたね。

「遊びじゃないから遊びに、面白くない仕事だから面白く」この発想、心に留め置きたいと思った言葉。現代社会で仕事や用事に追われてストレスを抱えて過ごす現代人にも刺さる考え方だったと思います。

体を張って日本橋の町を守った蔦重。彼の熱意や一生懸命な思いは日本橋の人々の心を溶かしました。「日本橋油町の総意です」と鶴屋(風間俊介)が『耕書堂』ののれんを贈った場面は、何度みても心が震えます。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

「戯ければ腹を切らねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか」

老中・松平定信(井上祐貴)の締め付けが強い世の中、エンタメ業も厳しくなり蔦重は自分の決心を田沼意次(渡辺謙)に伝えます。

「先の上様と田沼様が作った世の中が好きでした。皆が欲まみれで良い加減で。私は書を持って世の風を守りたいと思います。」と。

そして、「ふざけりゃお縄になる世の中が待っている。そんな世の中に書を持って抗いたい。」と、チーム蔦重に宣言します。ずっと平賀源内(安田顕)の教えを胸に、けれども、世の中が変わった以上戦わねばならないと「書を持って世を耕す、耕書堂」から「書を持って世に抗う、抗書堂」になる決意をしたのでした。

けれども、“田沼を批判しているようで実は定信を揶揄う”本を出したものの、定信には通じず逆に自分を励ましてくれていると思われてしまう始末。

そこで、恋川春町(岡山天音)は、より過激な政権批判本を書くのですが、鶴屋が懸念したように定信の目に留まり激怒させてしまいました。春町は自分に理解をしめし励ましてくれていた藩主・松平信義(林家正蔵)とお家を守るために切腹。

松平信義(林家正蔵)の口を通して、定信に伝えた蔦重の「戯ければ腹を切らねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか」も、心に残る言葉でした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

一方的に政治が民を押さえつけ「働け働け働け、休むな遊ぶな。倹約して身を慎め。忠義心を持て」など、そんな世の中は誰も幸せにはなりません。

抗うためにその後、教訓読本と称した吉原遊びの本を出して、逮捕された蔦重ですが、取り調べにわざわざ定信がでてきたのには驚きました。

老中といえば、現代では総理大臣くらいのポジションにいる人なので、普通はその姿を見ただけで萎縮してしまうでしょう。

けれども、田沼政治の自由な空気を消し、多くのクリエーターたちの筆を折り、恋川春町という天才を死に追いやった定信に向かい、ちっとも臆することなく舌鋒鋭く強烈な皮肉を連発する蔦重。肝が座った命懸けの大戯けでしたね。

ここで「へえ、おっしゃる通りで」と頭を下げてしまったら、今まで「吉原をもっといいところにする」べく本を作ってきた志に背いてしまいます。

吉原の女郎たち、日本橋進出を認めてくれた親父さんたち、蔦重の重荷になると姿を消した瀬川、自由に心のままに生きることを教えてくれた源内先生に顔向けできません。あのお白州の場で、よくも戯けたなと思いました。

一方で、定信も「正しくあろう」とすればするほど物事はうまく運ばず、本多忠籌(矢島健一)に「越中守様。人は『正しく生きたい』とは思わぬのでございます。『楽しく生きたい』のでございます!」と言われてしまいました。これも感慨深いセリフです。

「身上半減」の刑で、見事にのれんや看板などすべてを半分にされがっくり来ていたものの、訪れた太田南畝(桐谷健太)に「世にも珍しい店だ!」と言われ、町の人が大笑いしているのをみて「身上半減の店」の看板を出して本を売り込むのは、はさすが、転んでもただでは起きない蔦重でした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

蔦重が築き分け与えた“書”は多くの人々に渡り心を満たす

老中を失脚させられた松平定信と、その仲間による仇討ちにはからずも協力することになった蔦重は、歌麿(染谷将太)の力を得て「写楽プロジェクト」を成功させ、“写楽は源内だという噂”を広めることに成功。今まで様々な人々を殺めてきた傀儡師・一橋治済(生田斗真)への仇討ちは大成功したのでした。

仇討ちが終わり国元に帰る定信が耕書堂に立ち寄り、蔦重と心を通わせるシーンも胸熱でした。定信に「耕書堂に一度きてみたかった。」と照れながらも熱い思いを打ち明けられ「ご一緒できて、ようございました」と頭を下げる蔦重。さまざまなわだかまりが溶けていく場面でしたね。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

そして、中年期になってもさらに精力的に出版人として活動していた蔦重を突然、脚気という病が襲います。

最期を察した蔦重が、いままで一緒に仕事をしてきたクリエーターたちに、遺言ともなる最期の仕事とアドバイスをする場面。

新しいクリエーターにはその後有名となった作品に結びつくアドバイスを、長い付き合いのキャリアあるクリエーターたちには今までの「その人ならではの仕事」を。ひとりひとりの個性と特徴をよく捉えている、名プロデューサーならではの遺言でした。

息を引き取る直前、

「旦那様が築き上げ、分け与えた富(書)は腹を満たすことはできないけれど、心を満たすことはできる。心が満たされれば人は優しくなれましょう。目の前が明るくなりましょう」

と、いうていの最高の賛辞に、「そっか」と微笑んだ蔦重。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

思い返せば……

若かりしまだ貸本屋だった頃、女郎屋に面白い“書”を見繕って運んでは皆を楽しませていたこと。

食事も満足にできず病の床に伏せっていた河岸女郎・朝顔(愛希れいか)のもとを訪れ、“書”の読み聞せで彼女を笑顔にさせていたこと。

蔦重が子供のときに贈った“書”で、瀬川は苦界吉原での日々、いつも心を慰められていたこと。

吉原への集客のための“書”が売れ客が増えて、女郎たちがおにぎりを食べられるようになったこと。

絶望の沼にはまっていた誰袖花魁を、渾身の戯けた“書”で掬い上げたこと。

蔦重の作った“書”は、人々の心を満たし、吉原から日本橋、そして全国に広がりました。

まさに、飯盛と南畝が墓碑に残した

“その人となりは志・人格・才知が殊更に優れ、小さなことを気にもかけず、人には信頼をもって接した。柯理は、陶朱公を手本として事業を展開させていった。”

という言葉そのままの、べらぼうな人物でした。

蔦重は死ぬ前の言葉。

「死んだ後、こう言われてえのでごぜえます。あいつは本を作り続けた。死の間際まで書を以て世を耕し続けたって」

その通りに、最後の最後まで、書を持って世を耕し、書を持って人の心を満たし、その書というエンターテーメントを次世代にバトンタッチ。

そんな、偉業を成し遂げた人物として蔦屋重三郎を描いた「べらぼう」。心に残る、大河ドラマでした。

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