なぜ伊勢神宮が「日本人の総氏神」と称され別格扱いされるのか?——神社と神様の素朴な疑問【前編】
2025年が明け、新たな年が幕を開けました。昨年は、幸いにも大規模な災害こそ起こらなかったものの、日本各地では事故や自然災害が相次ぎました。加えて、物価高騰はいまだ収束の兆しを見せず、多くの課題を抱えたまま2026年を迎えることとなりました。
一方、世界に目を向ければ、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする国際紛争は、終わることのないまま、混迷の度を深めています。
このような時代だからこそ、初詣に神社仏閣を訪れ、新年の無病息災や平安無事を祈りたいと願う人も多いのではないでしょうか。
本稿では、初詣はもとより、一年を通じて全国から多くの参詣者を集める伊勢神宮に注目します。
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そのルーツは伊勢神宮!「サイトウさん」のご先祖様や漢字の由来を紹介 男女の神様の不仲で天変地異や疫病が流行!?「伊勢神宮」ができた意外なワケなぜ、伊勢神宮は「日本国民の総氏神」と称され、また「日本人の心のふるさと」とまで言われるのでしょうか。
その理由を、皇祖神・天照大神の存在と、明治新政府による神道国教化という二つの視点から、全2回に分けて考察していきます。
[前編]では、伊勢神宮内宮に祀られる天照大神(あまてらすおおみかみ)と、日本人との結びつきに焦点を当てていきましょう。
氏神の定義は地主神と各氏族の祖神
一般に神社へ初詣をする際は、住まいの近くに鎮座する「氏神さま」へお参りするのがよいとされています。
「氏神さま」とは、その土地に古くから祀られてきた神様(地主神)、あるいは地域の守り神(守護神)としての役割を担う神様のことを指します。
また、家系をさかのぼり、先祖が判明している場合には、その一族が祖先以来信仰してきた神様が「氏神さま」とされます。
例えば藤原氏であれば、守護神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのかみ)、そして祖神・天児屋根命(あめのこやねのみこと)などを祀る、奈良県奈良市の「春日大社」が該当します。
また、物部氏の場合は、その祖神である布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)を祀る、奈良県天理市の「石上神宮」が「氏神さま」となります。
このように「氏神」の定義には、①居住地に基づく地域の守り神としての側面、②家系・祖先に由来する祖神としての側面という2つの要素が含まれているのです。
では、なぜ伊勢神宮は「日本国民の総氏神」とされ、「日本人の心のふるさと」とも呼ばれるのでしょうか。
その理由をひもとく鍵として、伊勢神宮の祭神である天照大神と、日本人との結び付きについて考えてみましょう。
天照大神と日本人の結び付きとは天照大神は、『古事記』と『日本書紀』(いわゆる「記紀」)において細部の違いはあるものの、国生みの神・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)から生まれた「三貴子(さんきし)」の一柱とされています。
亡くなった妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)を追って黄泉国(よみのくに)を訪れ、そこから逃げ帰った伊邪那岐命が禊(みそぎ)を行った際、左目から天照大神、右目から月読命(つくよみのみこと)、鼻から素戔嗚尊(すさのおのみこと)の三貴子が生まれたと伝えられているのです。
天照大神は、伊邪那岐命から高天原(たかまがはら)の統治を委ねられます。その五世の孫にあたる神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)が、初代天皇・神武天皇であるとされます。
このような系譜から、天照大神は日本皇室の祖神と位置づけられ、日本人とは深い縁で結ばれていると考えられてきました。
しかし、天皇家と一般の国民、すなわち私たち日本人との間に、どのような関係があるのかと疑問に思う人も多いのではないでしょうか。
日本の天皇家は、神武天皇以来、万世一系とされる特別な存在です。そのため、天皇家と一般の日本人とは本質的に無関係であると受け止められがちです。
ところが、この天皇家の長い歴史と、島国という閉ざされた日本の地政学的条件が相まって、天皇家と日本人は、世界的にも例を見ないほど密接な関係を築いてきたと考えられます。
歴史好きの方であれば、「源平藤橘」という言葉をご存じでしょう。これは、源氏・平氏・藤原氏・橘氏の四姓を指し、このうち源氏・平氏・橘氏はいずれも天皇を祖とする家柄です。また藤原氏は、天皇家の外戚として、長い歴史の中で政治的権力を確立してきました。
この「源平藤橘」は、やがて数多くの家に枝分かれしていきます。たとえば源氏には、足利氏・新田氏・佐々木氏などがあり、戦国武将として名高い真田氏も、れっきとした源氏の一族です。平氏にも熊谷氏や北条氏、織田氏などが存在し、さらに藤原氏に至っては、藤田氏・藤村氏・藤本氏など、例を挙げればキリがありません。
このように考えると、天皇家と多くの日本人との間には、濃淡の差こそあれ、どこかで血のつながりがあると捉えることができるでしょう。
現在の皇室の祖がどこまで遡れるのかについては、さまざまな説があります。しかし、世界を見渡しても、これほどまでに長い歴史を連綿と受け継いできた王家は、日本の天皇家をおいて他に例がありません。
それは、万世一系という揺るぎない血統によるだけでなく、皇室と人々との間に、血縁的な近さが意識されてきたことも大きく関係していると思われます。
こうした背景から、皇祖神である天照大神は、多くの日本人にとっての「氏神さま」と位置づけられ、天照大神を祀る伊勢神宮は「日本人の心のふるさと」と呼ばれてきました。
[前編]はここまでとし、[後編]では、明治新政府による神道の国教化政策によって確立された伊勢神宮の地位と終戦後の伊勢神宮について、考えていきたいと思います。
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