【豊臣兄弟!】桶狭間で織田信長(小栗旬)に討ち取られた今川義元(大鶴義丹)と家臣たち20人超を一挙紹介

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【豊臣兄弟!】桶狭間で織田信長(小栗旬)に討ち取られた今川義元(大鶴義丹)と家臣たち20人超を一挙紹介

時は永禄3年(1560年)5月19日、尾張国へ侵攻してきた今川義元(大鶴義丹)の大軍に、織田信長(小栗旬)が少数精鋭で奇襲をかけます。

これがいわゆる桶狭間の合戦。今川義元が討ち取られたほか、多くの今川家臣たちが戦場に命を落としました。

【豊臣兄弟!】で近々描かれる「桶狭間の戦い」少数の織田軍が奇襲で勝利…がほぼ創作といえる理由

今回は桶狭間の合戦で討死した今川家臣たちを紹介。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」には、何人登場するでしょうか。

桶狭間の合戦で討死した今川家臣たち

月岡芳年「桶狭間合戦 稲川義元朝臣陳没之図」

朝比奈秀詮・井伊直盛・一宮宗是・庵原忠春・江尻親良・岡部十兵衛・岡部長定・蒲原氏徳・久野氏忠・久野宗経・久野元宗・斎藤利澄・富永氏繁・藤枝氏秋・松井宗信・松平忠良・松平政忠・松平正親・松平宗次・三浦義就・由比正信・吉田氏好……等

※50音順

朝比奈秀詮(ひでのり)

部隊を指揮する朝比奈秀詮(イメージ)

通称は主計助(かずえのすけ)。桶狭間では先陣の侍大将を務めます。義元討死の急報に接しても持ち場を離れずに戦闘を継続、力尽きて討死しました。

井伊直盛(いい なおもり)

通称は内匠助(たくみのすけ)、信濃守(しなののかみ)。桶狭間では先陣を任され、活躍するも家臣16名と共に討死します。

一宮宗是(いちのみや むねこれ)

子に持舟城主を築いた一宮元実(もとざね)がいます。桶狭間の合戦における詳細はわかっていません。

庵原忠春(いはら ただはる)

部隊を率いる庵原忠春(イメージ)

通称は右近(うこん)。義を重んじ、武勇に優れた人物として知られました。桶狭間でも大いに奮闘したものの、あえなく討死します。

江尻親良(えじり ちかよし)

通称は民部少輔(みんぶのしょうゆう)。今川家の一門衆で、桶狭間では本隊で義元を守り切れずに討死しました。

岡部十兵衛(じゅうべゑ)

岡部長定の親族と推定されますが、詳細についてはわかっていません。

岡部長定(ながさだ)

岡部長定(イメージ)

通称は甲斐守(かいのかみ)。桶狭間では左備の侍大将を務めますが、奮戦むなしく討死しました。

蒲原氏徳(かんばら うじのり)

駿河国蒲原城主(静岡県静岡市)。別名は氏政、今川義元の外祖父といわれます。

久野氏忠(くの うじただ)

今川義元の甥にあたり、桶狭間における動向はよくわかっていません。

久野宗経(くの むねつね)

久野元宗の弟で、桶狭間では兄とともに先鋒に属し、奮戦するも討死しました。

久野元宗(くの もとむね)

手勢を率いる久野元宗(イメージ)

遠江国久野城主(静岡県袋井市)。別名は久野宗忠(むねただ)または久能元宗(くのう~)とも。桶狭間では先鋒を務め、織田方の千秋季忠(せんしゅう すえただ。熱田神宮大宮司)を討ち取る武功を立てています。

斎藤利澄(としずみ)

通称は掃部介(かもんのすけ)。桶狭間では本隊に所属し、義元を守ろうと討死しました。

富永氏繁(うじしげ)

通称は伯耆守(ほうきのかみ)。桶狭間では庵原忠春への援軍として派遣されますが、奮闘むなしく討死します。

藤枝氏秋(うじあき)

通称は伊賀守(いがのかみ)。桶狭間では前備の侍大将を務めました。

松井宗信(むねのぶ)

松井宗信(イメージ)

通称は五郎八郎(ごろうはちろう)・左衛門佐(さゑもんのすけ)。また正式な官職として内匠助(たくみのすけ)や備後守(びんごのかみ)を授かっています。

今川義元の近習や遠江国二俣城主(静岡県浜松市)を歴任し、西方遠征指揮官に選ばれました。

桶狭間では手勢200を率いて本陣の前備を担当。織田勢の奇襲を受けた際は義元を守るために本陣へ馳せ戻り、奮戦して討ち取られます。

松平忠良(ただよし)

松平政忠の弟で、桶狭間では父の松平親広(ちかひろ)と共に出陣。義元を守るため敢闘するも、兄と共に討死しました。

松平政忠(まさただ)

長沢松平家第7代当主。桶狭間で討死したため、嫡男の松平康忠(やすただ)が家督を継ぎます。

松平正親(まさちか)

丸根砦攻めの先陣を務める松平正親の部隊(イメージ)

大草松平家第6代当主で、通称は善四郎(ぜんしろう)・善兵衛尉(ぜんべゑのじょう)。桶狭間では松平元康(松下洸平)率いる別動隊に所属し、丸根砦攻めで先陣を務め討死しました。

松平宗次(むねつぐ)

宮石松平家第4代当主で、通称は喜平次(きへいじ)。松平広忠・松平元康の2代に仕えた歴戦の勇士です。桶狭間では義元本隊に配属され、あえなく討死します。

三浦義就(よしなり)

通称は左馬助(さまのすけ)。相模三浦氏の末裔で、尾張国笠寺砦の守備を任されるほどの人物でした。

由比正信(ゆい まさのぶ)

通称は美作守(みまさかのかみ)。出自は徳一色城主(静岡県藤枝市)や由比城主(静岡県静岡市)など諸説あります。

吉田氏好(うじよし)

通称は武蔵守(むさしのかみ)。桶狭間では軍奉行(いくさぶぎょう。自軍を監督する役職)を務めていることから、義元からの信頼が厚かったのでしょう。

終わりに

出陣する信長。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

今回は桶狭間の合戦で討死した今川家の武将たちを紹介してきました。果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、何人が登場し、また言及されるでしょうか。

小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)の運命を大きく変える桶狭間の決戦がどのように描かれるのか、楽しみに見守っていきたいですね。

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※参考文献:

黒田基樹 編『シリーズ戦国大名の新研究1 今川義元とその時代』戎光祥出版、2019年5月 小菅廉『尾参郷土史 上巻』歴史図書社、1980年5月

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