【豊臣兄弟!】藤吉郎(池松壮亮)と寧々(浜辺美波)が結婚へ…結婚に大反対した生母・朝日殿とは?
足軽の身分でありながら、藤吉郎(池松壮亮)は良家の令嬢であった寧々(浜辺美波)を妻に迎えます。
大事な娘を猿に嫁がせるなんて……当然家族は大反対。特に生母の朝日殿(あさひどの)は、最後まで二人の結婚を許すことはありませんでした。
今回はそんな朝日殿を紹介。果たして彼女はどんな生涯をたどったのでしょうか。
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藤吉郎と寧々。どう見ても不釣り合いだが……。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
朝日殿は生年不詳、杉原家利(すぎはら いえとし)と静室院(せいしついん)の娘として誕生します。一説には実名を「おこひ」とも言うそうですが、確かなことは分かっていません。
兄に杉原家次(いえつぐ)と杉原源七郎(げんしちろう)、姉妹にふく(七曲殿。浅野長勝室)がいました。
やがて木下定利(きのした さだとし。杉原定利)を婿に迎え、一男三女をさずかります。
長男・木下家定(天文12・1543年生) 長女・くま(長慶院。生年不詳、三折全友室) 次女・寧々(高台院。天文18・1549年生) 三女・やや(長生院。弘治3・1557年生・浅野長政室)※浅野長勝の娘とも。やがて寧々を浅野長勝(宮川一朗太)の養女に出しますが、永禄4年(1561年)に寧々と藤吉郎が結婚してしまいました。
寧々は当時まだ13歳、いくら戦国時代とは言え、いささか早すぎる気がしなくもありません。
『藩翰譜』によると、寧々は前田利家(大東駿介)と婚約していましたが、それを藤吉郎が奪い取ってしまったと言います。さすがは泥棒猿と言ったところでしょうか。
『杉原氏系図』の説明では、生母の朝日殿と養母の七曲殿に結婚を阻まれてしまった藤吉郎が、養父の浅野長勝に懇願して認めてもらったそうです。さすが人たらしと言ったところでしょうか。
後に和解した?
初登場から藤吉郎に好意的?だった寧々。この設定は珍しいかも(大抵は猿と毛嫌いしている気が……)。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
こうして周囲に諦めムードがただよい、藤吉郎と寧々の結婚を認めざるを得なくなっていきました。
それでも朝日殿だけは、最後まで二人の関係を野合(正式な婚姻手続きによらない男女関係)として認めなかったそうです。かなり強情な性格だったと言えるでしょう。
しかし完全に断絶していたわけではなく、『駒井日記』によると、朝日殿は大坂城で暮らしていた≒藤吉郎の庇護下にあった記録が残っています。
また『明良洪範』では朝日殿が藤吉郎から奥向きを取り仕切るよう命じられる記述もありました。
関係が良好だったか(二人の結婚を認め、和解したか)はともかく、藤吉郎は朝日殿を庇護し、また一定の信頼をおいていたことがわかります。
そして慶長3年(1598年)8月11日、藤吉郎が世を去る7日前に世を去ったのでした。
法名は康徳寺殿松屋妙貞大姉(こうとくじでん しょうおくみょうていだいし)。墓所は寧々が朝日殿の菩提を弔うために建立した康徳寺(後の高台寺)にあり、また孫の木下延俊(のぶとし。家定三男)が松屋寺(大分県速見郡日出町)にも墓所を設けています。
終わりに
今回は寧々の生母である朝日殿について、その生涯をたどってきました。
事情が事情だけに、藤吉郎との関係はあまりよくなかったみたいですが、次第に歩み寄っていったのかも知れません。
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」に朝日殿は登場するのでしょうか。登場するなら誰がキャスティングされるのかも楽しみですね!
秀吉だけでは天下取りはできなかった! 豊臣秀吉を支えた名補佐役・北政所ねねの手腕【前編】※参考文献:
田端泰子『北政所おね 大坂の事は、ことの葉もなし』ミネルヴァ書房、2007年8月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

