【豊臣兄弟!】徳川家康(松下洸平)の妻になる豊臣 妹・あさひ(倉沢杏菜)との出会いと儚い結婚の結末
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」の第3話『決戦前夜』では、早くも松下洸平さん演じる松平元康(徳川家康)が登場しました。
早くも「かっこいい!」と評判の松下洸平演じる徳川家康。NHK大河「徳川兄弟!」公式サイトより
家康も秀吉や信長同様、大河では今まで数多くの俳優が演じています。以前行われた、好きな家康役アンケートでは、津川雅彦さん、内野聖陽さん、滝田栄さん、郷ひろみさん、西田敏行さん、北大路欣也さん、阿部サダヲさんなどの名前があがっていました。
「鳴くまで待とう」な家康キャラは、作品や俳優さんによって描かれ方が異なるので、多彩な人物像をみることができますよね。
今回の松下家康は、ネットでは、しゅっとしている・穏やか・優しそう・繊細・爽やかなどのイメージと評判で、「イケメンの家康楽しみ」という声も多くみかけます。
史実では、のちに徳川家康の妻となるのが、秀吉の妹・あさひ(倉沢杏菜)。秀吉の出世に伴い波乱万丈の人生が展開するのですが、ドラマではまだ幼さが残る、天真爛漫な農村の少女として描かれています。
今回のドラマでは、豊臣兄弟を取り巻く、母・姉妹・恋人・妻などの女性のキャラクターも、個性的でキャラが立っているため注目されているのが特徴。
前回は、“戦国最強の肝っ玉母ちゃん・なか(坂井真紀)”を取り上げました。
『豊臣兄弟!』史実とドラマから戦国最強の肝っ玉母ちゃん・なか(坂井真紀)の人物像と生涯を考察今回は、秀吉の出世と切り離しては語ることができない、家康に嫁ぐ妹のあさひに注目してみました。
天真爛漫なあさひはいずれ家康に嫁ぐことに豊臣秀吉(池松壮亮)が、輝かしい栄光を掴んでいく影で大きな働きをしたのは、弟・秀長(仲野太賀)だけではありません。母、姉、妹の存在も大きく関係しています。
今回注目したいのは、妹のあさひ(朝日/旭)。異父妹という説もありますが、大河ドラマでは実の妹として描かれているようですね。
あさひは、天文12年(1543)ごろ尾張国に生まれました。百姓の娘としてごく平凡な生活を送っていた彼女も、藤吉郎・小一郎兄弟が織田信長に仕えて、出世をしていくとともに政治の世界に巻き込まれていくことになっていきます。
ドラマの公式サイトでは、あさひのキャラクター紹介は「笑顔が明るい天真爛漫な妹」として書かれています。
豊臣兄弟の妹。天真らんまんな性格で、貧しい農家暮らしの中でもいつも前向きで笑顔をたやさない。兄たちが出世したおかげで夫ともども裕福で幸せな暮らしを送っていたが、ある日突然、秀吉によって離縁させられ徳川家康のもとに嫁がされることになる。
確かにドラマでは、いつも「お腹すいた〜」と言っている、屈託のない笑顔が明るい少女で、野盗に襲撃され大変な目にあってもケロッとしている現代っ子(と、表現するのも変なのですが。)的なキャラ。
村を出て行ったきり8年ぶりに戻ってきた兄・藤吉郎のことはほぼ覚えていないので、姉のとも(宮澤エマ)や小一郎よりは調子のいい兄をうとましくは思っていない様子です。
かたや、今回初登場した松下家康が、しゅっとしたイケメンで落ち着いた雰囲気なので、いつもケラケラ笑っているまだ子供っぽいあさひが、このあと松下家康の妻になる……というのがちょっとピンとこない気もしますね。
いつも屈託なく思いっきり笑っているイメージが強い、あさひ。NHK大河「徳川兄弟!」公式サイトより
家康との関係強化のためあさひを政略結婚にあさひに関しては、具体的な史料などはあまり残されていないようです。
時期は不明なのですが、尾張の地侍・佐治日向守(※農家に嫁いだ織田の家臣に嫁いだなど諸説あり)に嫁いだのですが、夫婦仲もよくごく普通の幸せな結婚生活を送っていたと伝わっています。
ところが、そんなあさひに大きな転機が訪れます。
きっかけとなったのは、天正12年(1584)の「小牧・長久手の戦い」(※)でした。
信長の死後、その後継者争いが続く中、秀吉は織田信雄・家康連合軍と対立し膠着状態が続いていましたが屈服させ、さらに家康との関係を強化するため、秀吉はあさひを嫁がせることにしたのです。
そこで、秀吉はあさひの夫・日向守に500万石の加増を条件に離婚をさせたとか。
あさひと日向守の心中はいかばかりだったか……想像するしかありませんが、あさひとしては兄秀吉の命を受け、敵対勢力の大将のもとに嫁ぐという重責から、逃げたり自分の希望を述べたりなどはできなかったことでしょう。
夫・日向守は、その後に自殺した、剃髪して隠居したなどの説がありますが、本当のところは定かではありません。
当時の家康は多くの側室を抱えていたものの、正室の築山殿を家臣に殺害させた後、正式な正室を置いませんでした。そこで、秀吉はあさひを家康の正室に(事実上の人質として)嫁がせたのです。
ただし、最近では、家康のほうからあさひを望んだと言う説もでてきているようです。
※小牧・長久手の戦い:天正12年(1584)3月〜11月にかけて、羽柴秀吉陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦い。
「落ち着きのある家康だ!」との声も。NHK大河「徳川兄弟!」公式サイトより
短かった家康との結婚生活で幸せな時はあったのか天正14年(1586)5月ごろ、あさひは浅野長政・富田知信・津田四郎左衛門・滝川儀太夫などの豊臣の家臣らを従え150名あまりの花嫁行列で京を出発。三河西野を経て、浜松に入り、家康の正室として嫁ぎました。
当時、家康は45歳、あさひは44歳。ほぼ同じ歳。嫁いだあと、あさひは、朝日姫、駿河御前と呼ばれるようになりました。
結婚してから2年ほどたった頃、病になった母・なか(大政所)のために大坂へ戻ります。ところが、聚楽第にて看病に尽力するも自身も病に倒れてしまいます。
そして、天正18年(1590)頃、あさひは母よりも先に48歳で亡くなりました。家康との結婚はわずか4年という短いものでした。
家康とあさひの結婚生活が実際にどのようなものだったのかを克明に記述した史料などはないようです。ただ、家康も政略結婚とはいえども、嫁いできたあさひにはかなり配慮をしていたようで、丁重に扱っていたという話もあります。
ドラマでは、元気いっぱいな倉沢あさひは、彼女が自分の意思では選ぶことのできない運命が待ち受けているとは信じられないようなイメージですが、これから松下家康との関係はどのように描かれていくのでしょうか。
天下人の妹という立場は、栄誉であると同時に、逃れられない重荷を背負います。
家康と出会ってからのあさひの人生はあまりにも短く、記録も少ないそう。
けれども、彼女もまた、豊臣政権を支える一部として生きた確かな存在でした。

この二人はどのように出会いどのような夫婦になるのか。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
最後にちなみにドラマの衣装デザイナーさんによると、
〜あさひは、黄緑やたまご色などの柔らかい色と瓜文様を使い、ちょっと惚けた不思議な雰囲気と天真爛漫な性格を表現。後の秀吉の馬印に使われた瓢箪との繋がりも考えました。
瓜文様は種子が多く、輪切りにした状態が鳥の巣にも見えることから子孫繁栄、つるが絡みつくことから団結、絆などの意味もあると言われています。〜
(衣装デザイン黒澤秀之氏のXの投稿より)
まだ何者でもない兄弟姉妹。これから出世に伴い、衣装のグレードが上がっていくそう。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
ということだそうで、確かにピッタリですね。
そんな彼女と松下家康は、短い夫婦生活でも、仲のいい夫婦として描かれるのか。
個人的には大河の徳川家康というと、泣きながら伊賀越えをする内野聖陽さんの家康や、「わしは、浅井につきたい」「戦うの嫌じゃ〜」と泣いていた松本潤さんの家康がインパクトが強過ぎて笑っていたので。
今回は、かっこよくて理知的な松下家康が新鮮で、もっと見たいなと期待しています。
豊臣秀吉とその周囲の歴史のように、かなり有名な話は、「先の見えない展開にハラハラワクワク」というよりも「誰もが知っている話を、どのような展開に作っていくのか」が楽しめますね。
史実とはかけはなれた脚本にはならないとは思いますが、あの元気いっぱいの明るい少女が、政略結婚とはいえども、幸せを感じるときを過ごせるストーリーになればいいなと思っています。
徳川家康の後室・旭姫(山田真歩)とはどんな女性?その生涯をたどる【どうする家康】 【豊臣兄弟!】あの“迷い”は史実の豊臣秀長への布石——なぜ小一郎は戦に向かった?直が突きつけた問い参考:
豊臣家の女たち 福田 千鶴 岩波書店(岩波新書)
豊臣一族 秀吉・秀長の天下統一を支えた人々 河合 敦 朝日新聞出版(朝日新書)
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan


