【豊臣兄弟!】「近習=男色役?」は誤解 信長が小一郎を近習に選んだ理由とは?小姓との違いも解説
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第4回放送「桶狭間!」で、武功?によって、織田信長(小栗旬)の近習(きんじゅう)に抜擢された小一郎(仲野太賀)。しかし小一郎はあくまで「兄と一緒に忠義を尽くしたい」として辞退。
この“近習”は、視聴者が想像しがちな「小姓(こしょう)」とは別の役職で、求められるのは主君の身辺の世話よりも、警護や政務補佐といった実務の力です。
では、なぜ信長は小一郎を近習に抜擢しようとしたのでしょうか?近習という役職について、小姓との違いなどを紹介します。
謹んで近習のお役目を辞退した小一郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
“近習”に性的な意味は(基本的に)ない近習と聞いて、視聴者の中には「信長の性的な(男色の)相手をさせられるのか?」と動揺した方がいるかも知れません。しかし近習とは小姓(こしょう)と異なり、性的な役割よりも実務的な能力が求められました。
いっぽう小姓は主君の身辺をお世話するため、好みに合った美少年が多く選ばれたと言います。
また年齢層も大きく異なり、近習は青年から壮年(20歳前後〜30代)にかけて幅広く選ばれました。対する小姓の年齢層は、少年から青年(主に10代〜20代前半)にかけて多く選ばれたようです。
小姓の中でも元服前の者や、特に性的対象者を小小姓(こごしょう)と呼び、主君から寵愛されました。
対する近習は身辺の世話よりも警護や政務の補佐が主要任務となります。小一郎の場合、武芸(特に対人戦闘)はからっきしなので、ブレーンとして登用したかったのでしょう。
とは言え、小姓も近習も武士には変わりないため、いざ有事には身をもって主君の楯となったことは言うまでもありません。
他にもいた側近たち
信長に近侍し、出陣の支度をととのえる小姓と思われる者たち。なるほど、彼はこういう子がお好み?のようです。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
近習と小姓以外にも、主君のそば近くに仕える者には様々な役職があるので、紹介したいと思います。
右筆(ゆうひつ。祐筆)筆をもって右(たす)けるとの如く、主君の書状を代筆したり、議事録をまとめたりする役割を追いました。主君は書きあがった文書に花押(かおう。サイン)するだけです。
書にすぐれているのはもちろん(書状が汚いとカッコつかないので)、話を要約する能力も問われました。
奏者(そうじゃ。奏者番)面会人の言葉を主君に上奏する役目を負ったので、この名がついています。面会人の言葉がどのように伝わるかは奏者次第な面があるので、家中では隠然たる影響力を持っていました。
同朋衆(どうぼうしゅう)元は様々な芸能をもって将軍の身辺に仕える者を指しましたが、次第に大名クラスの身辺にはべる者たちもそう呼ばれるようになります。特に茶の湯を指導する僧形の者を茶坊主(ちゃぼうず)とも呼びましたが、彼らもれっきとした武士身分です。
後に咄衆(はなししゅう)とも呼ばれるようになり、単なる雑談相手から重要な政務相談まで、さまざまな話題に対応できる知識や機転が求められました。
近習と小姓の違い・まとめ
近習とは
主任務:主君の警護や政務補佐 年齢層:主に20代〜30代 重要視:武芸や才智小姓とは
主任務:主君の身辺をお世話 年齢層:主に10代以下 重要視:主君の好み(容姿など)今回は劇中における信長の人事(小一郎を近習に抜擢)について紹介してきました。
小一郎に対して“そういう目”で見ていた訳ではなかったのですね。今後もそうなることはないと思われます。多分。
今回の活躍?を通して信長に意識されるようになった小一郎は、藤吉郎改め木下藤吉郎秀吉と力を合わせてどんな活躍を見せるのでしょうか。
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稲垣史生 編『戦国武家事典』青蛙房、1981年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

