【豊臣兄弟!】秀吉の草履エピソード、実は『べらぼう』時代に誕生。歌麿も影響された「絵本太閤記」の創作だった

Japaaan

【豊臣兄弟!】秀吉の草履エピソード、実は『べらぼう』時代に誕生。歌麿も影響された「絵本太閤記」の創作だった

豊臣秀吉の立身出世物語で欠かせないのが、「懐に草履を入れて温めた」エピソード。戦国史に興味がない人でも知っているだろうと思われる、有名な話ですよね。

今回のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、3話・4話でこの “草履”が大活躍。

【豊臣兄弟!】第4回「桶狭間!」注目の考察4選:父の仇をなぜ討たない?直のアンサーソング、草履の伏線

けれども、一般的に視聴者がよく知る、藤吉郎(秀吉/池松壮亮)の手柄話ではなく、小一郎(秀長/仲野大河)が機転を効かせた「そう来たか!」な話になっていました。

「今回は秀長が主人公なので、“弟の手柄”にして花を持たせる脚本にした」という意見も多かったようです。

ところが、草履のエピソードはそれで終わらず、4話では、“草履”が、桶狭間の戦いを勝利に導いた……という、大胆で新しい展開に。

もちろんフィクションですが、3話の伏線が4話に結びつき、面白いと評判は上々のようです。

そもそも、“草履を懐で温めた忠義話”自体、史実だと裏付ける資料は存在していないそう。

この忠義話は、豊臣秀吉の死後約200年後の寛政9年(1797)、あの「べらぼう」時代に誕生した絵本に描かれている創作話です。この『絵本太閤記』は大ヒット、あの歌麿もかなり影響されたとのこと。

今回は、ドラマでは歴史を動かす大きな役割を果たした “草履”エピソードとその誕生話を深掘りしてみました。

鼻緒の柄が可愛い、信長の草履。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

“草履”が秀長の才知を印象付ける役割を

「豊臣兄弟!」では3話・4話と続き、豊臣兄弟、織田信長(小栗旬)、城戸小左衛門(加治将樹)に関わる重要なアイテムとして登場したのが“草履”です。

まず、3話で、藤吉郎は城戸に槍の稽古で倒され打ち据えられたとき、履いている“草履”を目にします。鼻緒の生地は、白地に赤とピンクの柄が施された柄。

そして、同じ柄の草履が清州城の土間にあるのに目を止めた藤吉郎は、てっきり城戸の草履だと思い、盗んで売ってしまおうと懐に入れます。ところがそれは信長の草履でした。

殿に見咎められて、とっさに「温めておいた!」と嘘をつく藤吉郎。これはよく知られるエピソード通りですね。

けれども信長は「それは殊勝な心がけ」と褒めつつ、「この陽気(初夏頃)でか?」とツッコミむというまさかの展開。

思わずたじろぐ藤吉郎に代わり、「もうすぐ雨が降りそうなので濡れるといけないと思い懐にしまった」と答える小一郎。さらに、「自分は百姓なのでわかる。トンビが低い位置を旋回しているから雨が降る」と答えます。

なかなか斬新な展開でしたね。その後、本当に雨が降り出し、小一郎の予言は現実になりました。信長は「あやつ、できる」と感心したでしょう。(道路工事中の事故の時も冷静に采配してましたし)

この流れは、憎き親の仇・城戸の草履だから「盗んでも良心は痛まない。(父の戦守りも手柄も盗んだんだし)。売って金にしてしまおう」という藤吉郎らしい考え。

百姓ならではの生活の知恵を身に付けている小一郎のスキル、いざとなったとき咄嗟に上手く答える回転の速さ。

そして、身分の低い人間でもその知恵は評価し頭のメモリにしっかり記録する信長のキャラなどが、分かりやすく描かれていたと思います。

こっぴどく倒されても、城戸小左衛門の草履を目に焼き付ける藤吉郎。NHK大河「豊臣兄弟!」

立身出世ではなく勝利をもたらす神となった“草履”

3話での“草履”話は、のちに史実でも冷静で理知的な優れた天下人の補佐役となる秀長を思わせるエピソードだけでは終わりませんでした。

「トンビが低空を待っているときは雨が降る」という小一郎の言葉を覚えていた信長が、それを桶狭間の戦いに活用します。

雨が、兵の足音を消し、前もって鉄砲が雨で濡れないようにするなど、事前に準備でき勝利を招いたことを「小一郎の大きな手柄」と評価する信長。

実際に「なぜ、桶狭間の戦いに織田は勝てたのか」にはさまざまな説がありますが、このドラマでは、小一郎(秀長)の機転や判断力により勝利をもたらしたという展開になっています。

さらに、桶狭間の勝利の褒美に「銭がいい!」と明るく答える小一郎に、草履を片方ずつ兄弟に分けて与えて、「草履は片方だけでは何の役にも立たん。互いに大事にせい」と、毛利元就の「三本の矢の訓え」のようなセリフが出て、“豊臣兄弟の結束が強まる”という展開。

そんな信長の弟とはうまくいかなかったダークな回想も挟み込み、いろいろ詰め込まれていましたが上手い流れだったなと。

NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

秀吉の“草履”エピソードは「べらぼう」の時代に誕生

今回、重要な役割を果たした“草履”ですが、冒頭で触れたように、“秀吉が懐で温めた忠義話”を史実だと裏付ける資料は存在していないそう。

豊臣秀吉の死後、約200年後の貫政9年(1797)、あの「べらぼう」時代に誕生した『絵本太閤記』「藤吉郎小牧山算樹木」の部分に登場する創作話です。

貫政9年といえば、あの蔦屋重三郎が、47歳で亡くなった年(5月31日)。

『絵本太閤記』は、大阪の戯作者・武内確斎が、挿絵師・岡田玉山と組んで出版した一連の読本のひとつです。

最初は一冊で完結するつもりが、評判に評判を呼び、それに応えるかたちで享和2年(1802)の5年間で、7編84冊が刊行されました。

この本の人気ぶりに便乗し、人形浄瑠璃や歌舞伎などでも演じられたとか。歴史考証で裏打ちした精緻を極めた挿絵が数多く、「絵草紙」よりもレベルが高かったために「絵本」としたといわれています。

のちの享保7年(1804年)には、戦国時代の武将など先祖についてのフィクションは罰するという禁止令がでたために、秀吉や信長など実名で描かれていた『絵本太閤記』は名前を改めることになりました。

余談ですが、こんな大ヒット本、もし「べらぼう」の蔦重(横浜流星)が生きていたら、さぞかし、耕書堂で売りたかったでしょうね。

売るだけではなく、「戦国時代の武将が江戸に甦り、恋川春町(岡山天音)が以前描いた『辞闘戦新根』に出てきた地口(江戸っ子たちが使うダジャレ)の化け物と戦う……

なんていうストーリーの黄表紙本を出しそう。「べらぼう×豊臣兄弟!コラボ」でスピンオフやってくれないかななどと、妄想してしまいました。

『繪本太閤記』(国文学研究資料館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/200014405

小見出し隣、3行目から「草履をおのが懐に入れて温め」の話が。

『絵本太閤記』に魅せられた天才・喜多川歌麿

『絵本太閤記』に魅せられたのが、喜多川歌麿でした。1804年(文化元年)に、朝鮮出兵時の加藤清正が、異国情緒あふれる装いの女性の舞を見つつ宴に興じる様子を描いた作品や、柴田勝家が出陣する様子を描いた作品などを発表しています。

その清正の宴の作品は、幕府に“戦国武将を滑稽に描き、かつエロな内容だ!”と捉えられたそう。さらに、歌麿は、同年、豊臣秀吉が醍醐の花見を楽しんでいる、大判三枚連続の『太閤五妻洛東遊観之図』(たいこうごさいらくとうゆうかんのず)も発表しました。

真ん中に秀吉、その隣に淀君など。『太閤五妻洛東遊観之図』public domain

しかしながら、秀吉や北政所、淀殿などが花見酒にふけって宴に興じている様子が、当時の“将軍・徳川家斉を批判している”と幕府に捉えられて歌麿は手鎖50日の処罰を下されてしまいます。

これをきっかけに「書をもって世に抗う」歌麿の反骨精神はトーンダウンし、絵筆も冴えなくなっていったといわれています。

もし、この時代に蔦重が生きていたら。歌麿の才能とチーム蔦重の力で、実は「勇猛果敢に戦った戦国武将たちも、こんな一面があった」な滑稽本を作ったかもなどと、また妄想してしまうのでした。

忠義の草履の大元は酒井忠勝か

“草履を温めた忠義者”エピソードの大元は、第三代将軍・徳川家光の側近で、若狭小浜藩の初代藩主・酒井忠勝の話だといわれています。

ある寒い夜に、夜遊びをする家光の警護にあたっていた忠勝が、冷たかろうと家光の草履を懐で温めていたというもの。それに気がついた家光は、内緒で夜に出歩くのをやめたという内容です。

この話は、『絵本太閤記』の30年前、明和2年(1765)に出版された『酒井空印言行録(仰景録)』に記されたそうで、『絵本太閤記』の手柄話は、これを元に描かれたと推測されています。

それがいつの間にか、「主君への忠義心」や「細かい気配り」のできる男・秀吉の手柄逸話となり、一般的に「出世をするにはそれくらいの気遣いが必要!」な道徳エピソードになっているのが興味深いですね。

酒井忠勝像(酒井家蔵)wiki

大河「豊臣兄弟!」では、このエピソードは、秀長の気象予報士なみの知識と機転を描いていて、さらに“秀吉爆誕”につながるという、古くからの道徳エピソードをひっくり返すような斬新なストーリーに……。

この先、またどのような新しい解釈で刷新しつつ、兄弟の物語が繰り広げられるのか、楽しみです。

※関連記事:

【豊臣兄弟!】「近習=男色役?」は誤解 信長が小一郎を近習に選んだ理由とは?小姓との違いも解説

【豊臣兄弟!】ドラマの信長像を決定づけた男…貴重な史料『信長公記』の著者・太田牛一は何者なのか

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「【豊臣兄弟!】秀吉の草履エピソード、実は『べらぼう』時代に誕生。歌麿も影響された「絵本太閤記」の創作だった」のページです。デイリーニュースオンラインは、豊臣兄弟べらぼう豊臣秀長戦国時代豊臣秀吉カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る