『豊臣兄弟!』妻との絆に涙…いずれ秀吉に使える大沢次郎左衛門の生涯と、2つの「嘘から出た実」

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『豊臣兄弟!』妻との絆に涙…いずれ秀吉に使える大沢次郎左衛門の生涯と、2つの「嘘から出た実」

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の5話は『嘘から出た実(まこと)』

この、“嘘から出た実”は、2つありました。

さて、新章に突入した豊臣兄弟の出世物語。桶狭間の戦いで手柄を立てた藤吉郎(池松壮亮)・小一郎(仲野太賀)の兄弟も、いよいよ秀吉・秀長への階段を登り始めました。

母・姉妹・その夫たちを故郷から小牧城に呼び寄せ、家族皆で一緒に暮らすようになり、環境も大きく変化。着物もだいぶ上質になりましたね。

(ご飯もおかずも増え、妹のあさひ(倉沢杏菜)が、白米をモリモリと食べているのがよかった)

5話も、さまざまな要素が詰め込まれた怒涛の展開でしたが…

・秀吉の言葉に心を射抜かれた、大沢次郎左衛門(松尾諭)という人物

・2つの、“嘘から出た実”

今回は、史実と折り重なりながら展開された、この2つの見どころを考察してみたいと思います。

「豊臣兄弟!」5話の全体ストーリー解説は下記記事を参照してください。

『豊臣兄弟!』大沢次郎左衛門、史実ではどうなる?一触即発の調略回、第5回放送の解説と考察

NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

爽やか元康がタヌキぶりを発揮!悪い笑顔の“嘘”

「信長殿を信じろ。誰にもできぬことをやれ。己を信じて進め。大事なのはここじゃ(と胸を叩きつつ)!熱意は人を動かす。」

信長に会うため清洲城を訪れた帰路、突然、秀吉に「出世の秘訣」を聞かれて、真面目な顔で語る元康(のちの家康/松下洸平)。

その言葉を受け取り「これで大名も夢ではないぞ!!」と感動にうち震える秀吉でした。

と、見送る秀吉たちの姿が見えなくなった時、

「よくもまあ…」と、吹き出す近習・石川数正(迫田孝也)。
「すべて逆のことをいうてやったわ!わはははは!」と元康。

黒い……初登場は爽やかでシュッとしていると評判の高い松下元康でしたが、一般的に知られている“いけすかないタヌキ親父ぶり”がでてきて、いい感じです。

「織田の下侍になんで本当のことを教えなければならん」と大笑いする二人ですが、今回のサブタイトルのように、元康の適当な嘘が、『嘘から出た実』になるとは思いもしなかったでしょう。

なかなか人が悪い二人。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

戦わずして勝つのは最上の策

御前試合の組み合わせに細工をして、ライバルの前田利家(大東駿介)を疲弊させる仕掛けをするも、負けてしまった藤吉郎。

信長に呼ばれ、てっきり激しく叱責されると思いきや「ようやった。戦わずして勝つのは最上の策だ」と、褒められます。

けれども、結局は負けた埋め合わせとして、「美濃攻めのために鵜沼城を調略せよ」と命じられてしまいました。

「そんなの簡単!」と言う秀吉ですが、丹羽長秀(池田鉄洋)に、「鵜沼城の城主・大沢次郎左衛門は、浪人から斎藤道三(麿赤兒)に認められて今の地位まで上り詰めた猛将だ」と釘を刺されます。

「大沢を連れてこい、連れてくれば侍大将にしてやる」と信長に言われ、おまかせくだされ!と誓う秀吉。元康の嘘、「己を信じて突き進むのみ」を実践するつもりのようです。

小一郎に「あんな言葉、本気で間に受けておるのか?」と言われても、笑う秀吉。

たぶん、元康の言葉を100%信じたのではなく、「行動あるのみ!」という言葉が、己にフィットしたのでしょう。

史実では、“体格にも腕力にも恵まれた偉丈夫”ではなかった、小柄な秀吉。強者に力でかなわない分、機転・人たらし力・行動力・柔軟性は誰よりも優っていたといわれています。

嘘だろうが、適当だろうが、その言葉を自分の力にしてしまう秀吉の、こんなたくましさやプラス思考の貪欲さが、天下人へと導いたのではと、感じる場面でした。

そっくりと評判の斎藤道三(麿赤兒)。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

“鵜沼の虎” 大沢次郎左衛門の実像とは?

さて、今回注目された髭面のキャラが印象的な大沢次郎左衛門。

実在の人物ですが、生没年は不詳。はっきりとした資料などは少ないようです。

江戸時代の『本朝武功正伝』には、身長は2m以上の偉丈夫で「34人力」とうたわれた剛の者だったとか。

“鵜沼の虎“と呼ばれるほどの槍術の達人だったそうですが、ドラマでは「礫(つぶて)/石」の名人で、百発百中で敵を倒せる人物として描かれています。

同じく江戸幕府が編纂した『寛永諸家系図伝』によると、大沢次郎左衛門は、斎藤氏の家臣で妻は斎藤道三の娘で、鵜沼城の城主でした。

斎藤道三、義龍の没後、斎藤家の当主が龍興となった頃、信長は美濃攻略に乗り出し、鵜沼城は攻撃目標の一つに。

『太閤記』によれば、永禄9年(1566年)12月に、秀吉の調停によって信長に降り、翌年1月に秀吉に同道し清須へ赴くも信長に殺されそうになるも秀吉の策によって逃れた……とあるそう。

(『信長公記』では鵜沼城攻略を永禄7年(1564年)8月としています。)

その後の信長の臣としての活躍は史料になく、信長死後の天正10年(1582年)8月、北近江の支配者となった柴田勝豊から、阿閉貞大の旧領と浅井郡の地を与えられている(士林証文)と伝わっています。

さらに秀吉、豊臣秀次(秀吉の甥)に仕え2,600石を知行するも、秀次の自害後は流浪して、美濃を経て小田原の万松院に寓居し76歳で死去したそうです。

※諸説あります。

鵜沼城址 wiki

「美女と野獣」のような心通いあった夫婦

ドラマ「豊臣兄弟!」では、礫の名人で体も大きく豪傑という雰囲気の大沢次郎左衛門。強面の風貌ですが、彼の“泣きどころ”は妻(映美くらら)でした。

余談ですが、映美さんといえば、「べらぼう」で一橋治済の傀儡だった“大崎”。SNSでは「大崎が戦国に転生!」「饅頭は食べたらだめ」などの声がたくさんあがってました。

公式サイトの人物紹介では、

篠:次郎左衛門の妻。体が弱く、病の床に伏せりがちだが、夫とは深い絆で結ばれている。

映美さんは、大沢次郎左衛門と妻の「夫婦の深い絆」を物語の大切な核として反映したいと告げられて喜んで受けたそうです。

詳しい生没年や本名などは不明なので、「篠」という名前や病弱という設定は、ドラマの脚本上のことでしょう。

5話では、無骨な次郎左衛門と儚げながらも芯のある美しき奥方・篠の心通い合う場面が、まるで「美女と野獣」のようでしたね。

NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

何度もすげなく断った誘いを受けた理由

秀吉と小一郎が、姉妹の夫を使って「大沢は斎藤を裏切り織田につく」という噂を流したせいで、次郎左衛門は斎藤龍興(濱田龍臣)に疑われてしまいます。

もともと、道三を慕い美濃を守るべく支えてきた次郎左衛門は、龍興には苦言を呈していたので、煙たい家臣だったのでしょう。龍興は「妻・篠を人質に城へ連れてこい」と命じます。

屋敷の庭で礫の練習をする次郎左衛門に、「お上手ですこと」と、声をかける篠。

「今日は起きていいのか」と病弱な妻を気遣う夫に、妻はにこやかに「もう一度見せてください」といいます。

練習をしながら、「礫の能力を評価し、大沢の婿になりこの城の主人になれたのも、あの方(道三)のおかげじゃ」という夫。

数十年前と思われる回想シーンで、初めて今の屋敷に夫婦で来たとき、「ついにやったぞ!これからはわしとお前の城じゃ」といい、「何もないわしに今日までようついてきてくれた。これからはわしがお前の望みをかなえる番じゃ。」と、なんでも言ってくれという夫。

なんて、素敵な夫。髭面の強面なルックスですが、妻を愛しリスペクトし大切に守っている(というキャラ設定がいい)のがひしひし感じます。

「それでは…」という妻。

「ん?何じゃ、何じゃ?」という次郎左衛門が、あまりにも優しくてぐっとくる場面でした。「いつまでもおすこやかでいてくださりませ」という篠に、「ん」と答えて幸せそうな笑顔の二人。

ところが、場面が“現在”に切り替わります。

昔を回想しつつ、顔を伏せ暗い表情で手に握った礫を見つめ、「こたびのこと、あいすまぬ」と妻に言う次郎左衛門。

幸せにするはずだった妻なのに人質として差し出さねばならない。その無念さや切なさが胸に刺さりました。

「わかっております。お力になれるのであれば喜んで稲葉山にまいります」と、微笑む篠。

己の無力さに苦しむ夫だからこそ助けたいという篠の「わたくしにおまかせくださりませ」な想いが伝わってきました。

個人的に、「豊臣兄弟!」で初めて涙したエピソードでした。この夫婦に絶対に幸あれ。

長良川対岸から見た現在の岐阜城(稲葉山城)跡の姿。山全体が城だった。wiki

秀吉の言葉に心動かされて

次郎左衛門の屋敷に信長の書状を持参し現れた豊臣兄弟。何度も同じ書状をもらっているがしつこいと断られます。

ところが、冷静に「いつも断っているのになぜ、このたびは会ってくれたのか。もしやお困りのことがあるのでは」と突っ込む小一郎は鋭い。

“思慮深く観察眼と対人スキルに優れて物事を取りまとめる術にたけていた”のちの秀長を思わせます。

「大沢は織田に寝返る。斎藤龍興は大沢を疑っている」という“嘘”を、“実”にしてしまったらどうだ」と口説きます。自分たちで“嘘”を流しつつ“実”にしてしまいましょうと言ってしまう図太さは、さすが豊臣。これが2つめの“嘘から出た実”。

「信長さまは、あなたさまのような武士(もののふ)が仕えるにふさわしいお方」と熱心に口説きます。

次郎左衛門は「城と領地はこれまで通りにしてくれるのか」と二人に聞き「お約束いたしまする!」と言われて心が動きました。

ところが、せっかく話がうまくまとまりそうな矢先、デマの犯人として、ともの夫弥助(上川周作)が連れてこられてしまいます。

すべて“嘘”と知った次郎左衛門に斬り捨てられそうになり、秀吉は小一郎を庇います。「責めは私が!」と叫び兄らしく弟の命乞いをしますが、斬られそうになった瞬間「やっぱりいやじゃ!死にとうない!」と叫びます。

はぁぁぁ?という表情の小一郎と次郎左衛門。緊迫の場面で、ものすごい笑いを入れてくるのが、このドラマの特徴ですね。

「わしはこの仕事をやり遂げて、侍大将になるのじゃ!そして寧々殿と祝言をあげるのじゃ!わしは寧々殿と夫婦になりたいのじゃ。夫婦になってずっと守っていくと決めたのじゃ

愚直なまでにどストレートな秀吉の言葉に、次郎左衛門の表情がすっと変わります。脳裡に幸せそうに微笑む妻・篠の姿が脳裡に浮かびました。

およそ侍らしくもない捨て身の秀吉の命乞いと、「惚れた女を一生守りたいから」とどストレートにぶつけてくる勇気に、心動かされます。

思わず刀を下げる次郎左衛門。この言葉には嘘はない……秀吉の言葉こそ「本来は自分自身が守らねばならないこと」だったことが、心にグッサリと刺さったのでしょう。

NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

「強くて大きい主君」に仕えると決心

次郎左衛門はそんな秀吉を許し、帰れというものの、「このまま帰るわけにはいきません。わしは下からはいあがらねばならぬ。わしを信じてこの役目をくれた殿に申し訳がたたぬ」と、自ら人質を申し出て頭を下げる秀吉。

“そこまでしてお支えしたい主君”がいる秀吉に、自分が仕えていた道三を回想する次郎左衛門。

「強く大きい。確かに似ておるの」と道三と信長を重ね合わせ、清洲行きを決めたのでした。

次郎左衛門を連れての帰り道、弥助に「まことに調略を成し遂げるとは!」といわれ、「最後はここじゃ!」と元康の「大事なのはここじゃ(と胸を叩きつつ)!熱意は人を動かす。」の、嘘の言葉を爽やかに真似する小一郎。

この兄弟、また次のステージにあがりましたね。

次回、次郎左衛門の従者が毒を含んだ武器を持っていたことが前田利家によって判明、次郎左衛門は殺されそうになるという不穏な展開です。

史実では76歳まで生き延びた次郎左衛門。たぶん、小一郎は信長に「大沢を殺せ!」の詰め寄られても、鵜沼城に人質として残っている兄の命を救うため、身を挺して次郎左衛門の身を守る展開になるのではないでしょうか。

熱くて深い夫婦の絆と主君と家臣の絆、たとえ“嘘”でも愚直なまでに信じて自分の力とし“実”にする熱意……笑いと涙の痛快な回でした。

次回2月15日放送のあらすじ&場面写真はこちらを参照

「豊臣兄弟!」相関図に竹中半兵衛(菅田将暉)登場!次回2月15日放送のあらすじ&場面写真が公開

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