『豊臣兄弟!』娯楽としては満点!でも引っかかる…“信長像”に残った歴史好きの違和感

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『豊臣兄弟!』娯楽としては満点!でも引っかかる…“信長像”に残った歴史好きの違和感

2月15日放送の大河ドラマ『豊臣兄弟!』第15回「兄弟の絆」は、まさに息詰まる心理戦の連続でした。秀吉を演じる仲野太賀の真摯な言動とまなざし、信長を演じる小栗旬の底知れぬ不気味さ。対照的な二人が火花を散らす構図は、圧巻のひと言に尽きましたね。

とりわけ大沢次郎左衛門(演: 松尾諭)の処遇をめぐる緊迫のやり取りは、娯楽大作として申し分ない完成度でした。張り詰めた空気が画面越しにも伝わり、「この先どうなるのか」と思わず身を乗り出した視聴者も多かったことでしょう。

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しかし、その高揚感の余韻のなかで、歴史好きとしてはどうしても立ち止まってしまう瞬間もありました。

『豊臣兄弟!』は、たしかに面白い。けれど、歴史を知る者ほど、どこか拭いきれない“モヤモヤ”が残る……。第15回「兄弟の絆」を振り返りながら、その正体を紐解いていきます。

織田信長と徳川家康。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

弟殺しに悩む信長の姿は戦国的なのか?

今回の放送で、多くの視聴者の胸に強く刻まれたのは、信長が弟・信勝(演:中沢元紀)を討つことに深く葛藤する姿だったのではないでしょうか。

脇差を抜いて信長に迫る信勝。それを背後から袈裟懸けに斬る柴田勝家(演:山口馬木也)。そして、息絶えた弟を抱き起こし、慟哭する信長……。人としての苦悩を前面に押し出した、印象的な場面でした。

しかし、戦国という時代背景を踏まえたとき、この描写がどこまで史実の空気感に沿っているのかについては、慎重に考える必要がありそうです。

当時、兄弟間の確執は決して珍しいものではありませんでした。武家社会において最優先されるのは個人の情よりも「家」の存続です。嫡子に統率力が欠けると見なされれば、家臣団がより有能な兄弟を担ぎ出すことも十分にあり得ました。そこでは血縁よりも、家の安泰こそが判断基準だったのです。

その意味でいえば、弟を排除するという選択は、戦国大名にとって必ずしも特異な行為ではありませんでした。たとえば、信長の最大のライバルの一人である斎藤義龍は、父の斎藤道三と対立する過程で、道三が寵愛した弟たちを先に討ち、その後に父も殺しています。さらに伊達政宗も、家中の火種となり得た弟・小次郎を自らの手で殺害したとされます。

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それは、戦国期に限りません。鎌倉幕府を開いた源頼朝は弟の義経を追い詰め、室町幕府の初代将軍足利尊氏もまた、弟の直義と対立の末に死へと追いやっています。

極端に言えば、武家政権の権力構造において「弟」とは、最も近く、最も危うい存在でした。血を分けた存在であるがゆえに、優れた弟は家中の支持を集めやすく、担がれやすい。だからこそ、主君の立場に立てば、時に非情な決断を迫られることになるのです。

もちろん、だからといって信長に葛藤がなかったと断じることはできません。ただ少なくとも、「兄が弟を討つ」という行為そのものは、戦国という時代において特段異例のできごとではなかった。そのような社会的な前提を踏まえたうえで、あの慟哭の意味を改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。

秀吉を死地に送る信長は本当に「冷酷」なのか?

もう一つ気になったのは、信長が秀吉を“嵌めた”末に、死地に向かわせたとも受け取れる場面です。

ドラマでは、信長は大沢次郎左衛門を味方に引き入れるつもりなど最初からなく、小牧山城におびき寄せて討ち取る算段だったと描かれます。もしその計画が成功すれば、鵜沼城に人質として囚われている秀吉の命はない。この判断が“見殺しに近い決断”として強調されていました。

確かに、主君が家臣を危険な状況に置く構図だけを見れば、非情に映るのも無理はありません。しかし、戦国期の主従関係において、家臣をあえて死地に立たせることは、必ずしも冷酷さの証明とは言い切れない側面もあります。むしろそれは、「使い捨て」ではなく、「戦力として本気で数えている」からこそ任せる役目である場合も少なくありませんでした。

とりわけ信長は、従来の武士的価値観にとらわれない、独特の死生観を持っていた人物と考えられています。大きな功績を挙げれば身分にかかわらず大胆に抜擢する一方で、結果を出せなければ容赦なく切り捨てる。その姿勢は、初めて戦場に立つ側近に対しても例外ではありませんでした。

蒲生氏郷/西光寺蔵(Wikipedia)

たとえば、こんな逸話が伝わっています。信長のもとで人質として小姓を務めていた鶴千代という少年がいました。のちに豊臣政権下で会津百万石を領することになる、あの蒲生氏郷です。

鶴千代は近江日野城主の跡取りという、小なりとはいえ、れっきとした大名の子でした。しかし信長は、その身分に配慮することなく、初陣において最も危険な前線へと送り出したといいます。幸いにも鶴千代は、少年期から武勇に優れていたため、信長の期待に応えて敵将を討ち取り帰陣しました。しかし、同じく前線に立った小姓たちのなかには、命を落とした者が多かったとも伝えられています。

このとき、信長は何を思ったのでしょうか。確かな記録は残っていませんが、少なくとも情に流される人物ではなかったはずです。おそらくは、その真意は「まぁ、仕方がないな」そんなところであったのでしょう。つまり彼は、命を懸けて立ち向かい、勝利した者だけしか認めなかったのです。

その苛烈さと合理性は、しばしば現代の感覚では「冷酷」と映るかもしれません。しかし、まさにその徹底した合理的判断があったからこそ、信長は戦国大名として頂点へと上り詰めることができたのだと考えられます。

このような死生観を持つ信長にとって、秀吉が嵌められたと承知のうえで調略に赴き、命を落としたとしても、それはあくまで「結果」がすべてという基準に照らせば、評価に値しない結末に過ぎなかったのでしょう。

まとめにかえて~『豊臣兄弟!』のもつ影響力~

今回の放送回を含め『豊臣兄弟!』で描かれる信長像は、従来の「冷血漢」とも、「合理的革命児」とも少し異なります。そこにあるのは、どこか現代的で、時には温かな人間味をまとった人物像です。

しかし、その姿に戦国という苛烈な時代を生きた信長像を重ね合わせると、そこに多少なりとも“揺らぎ”を感じるのも事実でしょう。

だが考えてみると、その揺らぎこそが『豊臣兄弟!』という作品の魅力なのかもしれません。歴史そのものを忠実に再現するのではなく、現代の視聴者が共感できる人物像へと再構築する。

だからこそ、この大河ドラマは娯楽として抜群に面白い。そして同時に、歴史好きに「本当の戦国とは何か」「人々を引き込む魅力ある歴史とは何か」を改めて考えさせる力を持っているのではないでしょうか。

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