朝ドラ【風、薫る】“怖い。人が” りん(見上愛)の呟きが刺さる…明治のコレラと令和のコロナに共通する差別と恐怖
新緑に染まった美しい農村の風景、ヒロインの二人が倒れた白い小鳥を救う水彩画のオープニング、Mrs. GREEN APPLEの爽やかな主題歌……で始まった、朝の連続テレビ小説『風、薫る』。
ときは明治15年(1882)、文明開花で新しい文化が流入し変化していく東京。馬車や人力車が行きかい賑わう街中を歩きつつ、「何が文明開花だ!」と冷めた目で見ているヒロイン・大塚直美(上坂樹里)。
一方、大自然に囲まれた栃木県那須の農村に住む、もう一人のヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)は、元筆頭家老・一ノ瀬信右衛門(北村一輝)の娘で、愛されて育ったのんびりお嬢さんという感じ。
1話は、テンポよく明るくスタートしたものの、突然ラストでもたらされた「コロリ(コレラ)発症」の知らせで、一気に不穏な空気に包まれました。
「コレラ」がもたらしたのは死だけではありません。感染者への差別、看護人への侮蔑、棄民となる恐れなどが良識を吹き飛ばし人々の心を支配していく怖さも。
そんな様を目の当たりにした、りんの「怖い。人が」と呟いた言葉に、つい最近のコロナ禍の体験が思い出され、身に沁みます。
江戸幕末から明治にかけ日本全国を襲った感染症の歴史と、150年近く時間を経ても変わらない人々の差別心や恐怖心、のちに防疫のスペシャリストとして有名になる一ノ瀬りんのモデル大関和の活躍を探ってみました。
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明治17年(1884)の東京・日本橋の風景(public domain)
幕末〜明治にかけ何度もコレラが感染拡大した日本第一話のラストでもたらせれた、農村での「コレラ発生」のニュース。第二話では、少しずつ感染が拡大していくさまが描かれました。
激しい下痢と嘔吐を繰り返し脱水症状になり死に至ることで、「コロリ」と恐れられていたコレラ。過去を振り返ると、鎖国中でもコレラは日本に上陸しています。一部の例を挙げると、
▪️文政5年(1822)に下関経由で入ったコレラが大阪、京都まで感染拡大。患者・死亡者数は数十万人
▪️安政4年(1858)から3年間に渡って全国的に広がった「安政のコレラ」の犠牲者は、約30万人
▪️文久2年(1862)、くすぶっていたコレラが再び拡大し患者数は56万人
▪️明治10年(1877)神奈川、神戸、長崎で大流行
▪️明治12年(1879)には愛媛で発生したコレラが大流行、全国規模では明治期最大
『風、薫る』が始まった明治15年(1882)には、神奈川県で発生したコレラが関東から東北地方にかけて大流行しています。
その後も明治時代は何度もコレラの大流行を繰り返し、大正9年(1920)神戸で発生し流行したのを最後に、全国規模の流行は収束したのでした。(その後も1970年代後半に数度、2001年、2006年にも路上生活者の発病が見られています。)
明治28年に完成した、横浜検疫所 登録有形文化財一号停留所(photo-ac)
感染した者、看病する者へのいわれなき差別ドラマの2話では、隣村コレラが発生しているにもかかわらず、村人たちは夏祭りを開催しました。「宿屋の旅人が一人感染しただけ」とゆるめに考えていたようです。
経口感染、汚染された手指が触れたものから感染するとされているコレラ。祭りの場面では、罹患したと思われる路上のうなぎ焼きの主人、被ると裏に唇が触れるであろう祭りのお面、口で吹くシャボン玉、回し飲みする酒、素手を口に突っ込む獅子舞……など、はらはらする場面が続きました。
この夏祭りで、感染が拡大したのかもしれません。
感染した家の門戸には「コロリ」の札が貼られ、看病で出入りする者は「そんなに金が欲しいのか!」とさげずまれ、患者を出した家の者は「申し訳ありません」と村人に頭を下げまくる次第。
「感染したのはその人のせいではないのに」と理不尽さを覚えるりん。ドラマではコレラの感染拡大で身近な人を失っていくことで、看護の道を目指すようになるのでしょうか。
まるで、2020年からのコロナ感染流行拡大を彷彿する場面。感染した人が責められ、患者を受け入れする病院やクリニックに嫌がらせの電話や張り紙が相次ぎなど、常軌を逸した行動の数々がテレビでもSNSでも取り上げられたことを思い出します。
1〜2話のネットでの感想をみると「昔のこととは思えない」と、誰しもが感じたようです。
『風、薫る』のドラマの発想はコロナ禍での体験から
昔は、コレラ流行時、民間で根拠のない療法が流行りました。
・コルクを焼いて粉にして飲む
・トラの骨を使った薬を薬問屋が販売
・玄関にヤツデや5月節句の幟や門松を飾る
・疫病退散のために金や太鼓を叩いて狼煙をあげる
・生水よりも炭酸入りの飲料ラムネが効く
など。ラムネは爆発的に売れたそうです。
令和のコロナ禍のときも、疫病病封じの妖怪「アマビエ」のイラストやグッズが流行りましたね。
脚本家の吉澤智子さんによると、この『風、薫る』の話を受けたのはコロナ禍明けの頃だとか。コロナの経験から、看護と医療、公共の福祉、医療と社会のバランスの難しさを改めて強く感じたそうです。
それを踏まえ「世の中に『看護』という概念が日本に根付き始めたときの難しさや、看護学の発展の原点を描きながら、今に通じる物語を描くのは面白いのでは」と思ったそうです。
「由縁の友戌の見舞」コレラになった犬を見舞う十二支の動物たち 歌川芳盛 東京都立図書館
感染者が送られる『避病院』は『死病院」2話では、りんが想いを寄せる幼馴染・虎太郎(小林虎之介)の母親が感染します。囲いを付けた戸板の乗せ『避病院』へ運ばれる母。
けれども病院とは名ばかりで、治療をするわけでもなく隔離をするだけで「一遍行ったら帰ってはこられない」場所でした。
思わず近寄ろうとするりんに、無言で首を振り「来るな」と制する虎太郎が切ない。
史実でも、避病院に運ばれた患者は次々と死んでいくため『死病院』として恐れられたそうです。
「避病院では患者の生き胆を抜く」「医師が井戸で毒を撒いている」などのデマも広がり、実際に医師が住民に殺される事件も起こっています。
「防疫こと看護婦の力が発揮できる機会」感染した側も治療や看病する側も命懸けだった時代に、有効な感染症対策を高じて実践したのが、一ノ瀬りんのモデルである大関和だったのです。
和は、赤痢感染拡大防止においても大きな貢献をしています。
大関和は、看護師養成所を卒業しキャリアを重ねた後、越後高田の知命堂病院の婦長を務めますが、毎年全国で赤痢の集団感染で数多くの死亡者を出していることを知ります。
欧米の最新の感染症対策を学んでいた和は「防疫こそ看護婦の力が発揮できる機会」と確信。桶や鋤、消毒用具、雑巾、清潔な手拭いなどを馬車に積み込み医師に同行し、感染地域の各家庭を巡り診察・隔離を行おうと試みました。
けれど、もし赤痢と診断されれば「死病院」に送られてしまうと、村人たちから今にも襲われてしまうのではないかと思うほど激しい抵抗にあったそうです。
和は、医師とともに「避病院」を改良して看護と治療の場所にすることを本気で訴えます。
そして、実際に避病院に出向き、患者の体や衣類を清潔にして放置された排泄物を処理するなど、ナイチンゲールがクリミヤ戦争の野戦病院で行った対策を実践。そのことで、赤痢による死亡率を43%から2%まで下げることに成功したそうです。
この偉大な和の功績は全国に広まり各地から防疫の依頼が殺到。和は執筆や講演、後進の育成などで衛生概念の普及に邁進することとなったのです。
看護の現場に飛び込み業績を上げていった大関和。そんな看護婦が社会で自立して働ける仕組みを作っていく鈴木雅。
人々の健康や命を看護で守るという志を同じくしながらも、二人は役割を分かち合って近代看護の道を切り拓いたのでした。
性格がまったく異なるダブルヒロイン。NHK朝ドラ「風、薫る」公式サイトより
学問は世を渡る翼となり身を守る刀りんの父で、明治維新前に家老職を辞して農家となった一ノ瀬信右衛が、娘たちに教えた言葉。
「世の風向きはくるくる変わる。一時の風に流されず、おのれが頭で考え行き先を考えるのが大事だ。
学ぶことは、ときに世を渡る翼になり身を守る刀となる」
という言葉が胸に響きました。
この父の教えが、たぶん今後、一ノ瀬りんの座右の銘となり信念となり、おのれの道を切り開く力となっていくのではないでしょうか。
感染症の恐怖を体験した現代にも通じるドラマでは、素直でのんびりやのりんと、かたや、変化していく世の中を見詰めているリアリストの直美。
学校で出会ってもぶつかりそうな二人ですが。これからより厳しい状況に飛び込んで看護婦黎明期を作り上げていくと思うと、楽しみです。
コロナ禍を体験した私たちにとっては、「遠い昔の話」ではなく、未知の感染症への恐怖や差別偏見の怖さや「看護」の大切さは、現代でも同じだと、改めて感じるのではないでしょうか。
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参考:「明治のナイチンゲール 大関和物語」田中ひかる
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